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日本鉄鋼業に関する政策動向

2024年末、新たな政策が日本政府からいくつか公表された。一連の政策は2030年から2050年に向けた日本のエネルギー戦略や、2050年カーボンニュートラルという目標を掲げる産業の脱炭素化にも重要な意味を持つ。本文書は産業界に大きな影響を与えうる政策の重要な点をまとめたものである。また、特に鉄鋼業に関して、新たな政策によってどんな影響が考えられるか、政策提言とともに説明する。

 

このうち第7次エネルギー基本計画(エネ基)は鉄鋼業をはじめとして特定の産業を取り上げるものではなく、全体的な戦略を規定したものである。本文書では鉄鋼業に関連の強い面を取り上げつつ、エネ基GX2040ビジョンに加えてGX率先実行宣言グリーン購入法といった他の関連政策についても解説する。

要点

  • 日本政府はエネルギー政策と脱炭素政策は産業政策と密接に統合されたものであるべきで、日本全体の経済成長に不可欠であるとの認識を明確に示しており、これは世界的な傾向とも一致している。

 

  • 一連の政策では、再生可能エネルギー(再エネ)を主要なエネルギー源と位置づけ、化石燃料への過度な依存から脱却すると明示されている。しかしながら、鉄鋼業は将来的にきわめて大きな電力需要を抱えていることから、コスト競争力を有する再エネ由来電力の安定的な供給がさらに求められる。

 

  • 日本政府は水素(H2)の供給量とコストに関する見通しも公表したが、その数字はまだ不十分で、特に鉄鋼業におけるH2技術の商業化に対して大きな障壁となっている。

 

  • 他の関連政策、例えばグリーン購入法(国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律)に関する規定の改正では、すでに数十年にわたって低炭素鋼を生産してきた実績を持つ電気炉(EAF)鉄鋼メーカーも公平に評価し、インセンティブを与えるよう、見直しが必要である。

 

  • 鉄鋼業の脱炭素化にはさらに踏み込んだ政策、例えばスクラップの循環促進や低炭素鋼の調達にコミットしている需要側企業に対するインセンティブが望まれる。

第7次エネルギー基本計画

競争力確保へさらなる再エネ導入を

エネ基は日本のエネルギー政策の根幹を成すもので、基本的には3年ごとに見直しが行われる。2024年の末に公表された第7次エネ基の草案では、エネルギー政策の方向性やエネルギー需給の見通しが示され、公共部門と民間部門の道行きをともに導くものとなっている。今回のエネ基ではエネルギー政策と産業政策の強い関連性が強調され、日本の競争力を維持・強化することに主眼を置いている点が特徴である。

 

特筆すべき点としては、日本が化石燃料への依存度を低減すると明記されたことが挙げられる。現時点で日本のエネルギーミックスにおいて化石燃料はその7割以上を占めている1草案では2040年までにこれが3~4割に低下し、代わりに再エネが4~5割を占める最大の資源となることが示された。再エネが第一選択肢かつ最大の資源と位置づけられるのは、日本のエネルギー政策史上初めてのことである。こうした優先度の変更は、排出量が最も大きい電力や自動車、そして鉄鋼業にきわめて重要な影響をもたらすと思われる。

 

図1:エネルギーミックスの見通し

2040年における発電電力量:約1.1兆~1.2兆kWh

出典:資源エネルギー庁2

 

脱炭素化には様々な技術があるなか、鉄鋼業にとって最も早く導入可能でかつ最も効率的なソリューションの1つが、化石燃料への依存が大きい高炉(BF)を使用し続ける代わりに電力で駆動する電気炉(EAF)の設置を進めること、つまり生産プロセスの電化である。Transition Asiaによる分析では、鉄鋼生産におけるニアゼロ・エミッションに向けてEAFベースの生産プロセスに移行してゆく場合、追加で必要な電力量は2030年時点で3TWh、日本の発電電力量の0.5%にあたることが示された。2050年時点ではEAFの設置数が増えるため発電電力量の5〜7%程度となる。これを全量再エネ由来電力でまかなうとすると、2040年時点で「再エネによる発電電力量」のうち7~8%が鉄鋼業の脱炭素化に必要と算出されたが、これは十分に現実的で達成可能な目標である。仮に化石燃料を主要資源として使えずとも、日本鉄鋼業の競争力は維持される。

 

図2:鉄鋼業の脱炭素化に要する再エネ由来電力の発電電力量と割合

出典:公開データを基にTransition Asiaが算出

水素供給量・コストともに産業界の要求に届かず

第7次エネ基では水素(H2)の供給量とコストの目標も示されたが、鉄鋼業の脱炭素化には不十分にみえる。H2は、鉄鋼業では鉄鉱石の還元プロセスで還元剤として使われる化石燃料を代替し、BF内への吹き込みや直接還元鉄(DRI)の生産に使われる重要な原料で、H2によって直接還元された鉄はH2-DRIと呼ばれる。エネ基ではH2の供給量について2040年までに1,200万トン、さらに2050年までに2,000万トンを目指すとされている。だが、加盟社にメガバンクから大手自動車メーカーまでを抱え、H2サプライチェーンに関しては日本を代表する企業団体であるJH2Aの推計では、2050年の需要は鉄鋼業だけで2,000万トン、産業界全体では少なくとも7,000万トン近くに達する3また、エネ基はコストについては2030年までに30円/Nm3(333円/kg)、2050年には20円/Nm3(222円/kg)まで下げるとしているが、日本最大の鉄鋼メーカー、日本製鉄によると商業化に求められる水準は8円/Nm3(88.8円/kg)である4このような需要を満たすためには、より高い目標と政府主導の現実に即した取り組みが必要となる。

GX2040ビジョン 市場創出は重要、だがどうやって?

2024年末に公表されたもう1つの重要な政策がGX2040ビジョン(以下、単にビジョンという)で、エネ基で示された方向を前に進めていくための具体的な措置が定められている。

 

ビジョンの骨格はおおよそ次の3点で構成されている。すなわち1)エネルギー政策、2)産業構造の転換・産業立地、3)市場創出である。このうちエネルギー政策については、これまでに公表・導入された一連の政策でカバーされ、ビジョンでは再確認されたものであるので、ここでは詳しくは触れない(重要な点はTransition Asiaのレポートにまとめられている)。ビジョンにおいては鉄鋼業がその主役というわけではないが、キーポイントをいくつか取り上げる。

エネルギー政策
より高い目標が必要

 

ビジョンでは温室効果ガス(GHG)排出削減目標が2035年度に60%、2040年度に73%と明記された。鉄鋼業を含むすべての産業はその企業戦略をこの目標に沿って策定していくことになる。しかし、産業界の中でもこの目標は1.5℃目標に合致していない、政府により高い目標を求める、との声明を出している団体がある5 6 

 

産業構造の転換と立地
産業立地の変更によってEAF生産の拡大も?

 

産業構造の転換に関するパートでは、ビジョンはグリーントランスフォーメーションを経済的停滞を打破し革新的なビジネスを育成できる重要なチャンスととらえている。具体的には「サプライチェーン全体のマネジメントを行いながら、エンドマーケットで販売を行うセットメーカーのみならず、中間部素材でも高付加価値製品を担うレイヤーマスターと呼ばれる存在も不可欠であることを認識して取り組む」と述べている7政府はまた、産業立地の見直し、例えば大量の電力を消費する生産拠点を再エネに恵まれた地域へ移転することなどを促進する方向である。まだ具体的に目に見える動きはないが、同じく電力に依存するEAFもこの取り組みにおいてその優先度が高まる可能性がある。EAFはGHG排出量が化石燃料に依存する従来のBFに比べてきわめて少ない代わりに、大量の電力を必要とするためである(EAFの有効性についてはTransition Asiaによる別のレポートで証明されている)。

 

グリーン購入法
すべての低炭素鋼に支援を

鉄鋼業に特に大きな影響を与えうる市場創出に関連する政策については、ビジョンは「GX価値の見える化」を強調している。これはある製品のカーボンフットプリント(CFP)がどのくらいか、生産プロセスにおけるGHG排出量をどれだけ低減したか、また製品の使用段階でのGHG排出量をどの程度小さくできるか(「削減貢献量」)といったことの可視化を意味する。日本鉄鋼業もこうしたイニシアティブに応え、従来のBFであっても「低排出製品」あるいは「排出削減製品」を生産できるとして、取り組みを進めてきた。しかしながら、その取り組みは実際のGHG排出削減効果が限られているとする批判にも直面しており、またBFで生産された鉄鋼製品だけでなくEAFによる鉄鋼製品も支援の対象にするべきであるという主張も目立ってきている。こうした現状については、次の「新たな調達・インセンティブ政策」のパートで詳述する。ラベリングや認証をはじめとする他の関連政策も議論が進んでおり、今後も分析を続ける。

 

カーボンプライシング
大量排出者の規制には排出量取引が重要なチャンス

 

市場創出のパート、またビジョン全体においても、最も重大な影響をもたらすと思われるのがカーボンプライシングである。排出量取引(ETS)は日本では2026年度に始まる予定で、最大のGHG排出源の1つである鉄鋼業にも影響が大きい。特に、鉄鋼業のGHG排出はETSが規制する直接排出が大部分を占める。ETSの詳細は現時点ではまだ議論の途上で正式に承認されたものではないため、詳しい分析は追ってTransition Asiaのウェブサイトで公表する。

新たな調達・インセンティブ

政策 EAFは蚊帳の外

GX率先実行宣言
方向性は正しい、ただその対象の拡大を

 

このパートでまず分析に値するのは、GX率先実行宣言である。

 

主体 宣言は需要側企業(グリーンな原材料を調達し最終消費財を供給する企業)が任意で行える
内容 対象となるグリーン製品*の調達に関する取り組み。製品の種類や量についての規定はない
構成 取り組みの具体性に応じて「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」の認証とインセンティブが与えられる
実効性の確保 宣言した企業名と宣言内容を事務局が公開。事務局は開示のフォローアップも行う

出典:内閣官房8

*宣言の対象となる製品は別の政策で規定されており、EVとその関連製品、グリーンスチール、グリーンケミカル、SAF、半導体が含まれる。重要な点としては、「グリーンスチール」(低炭素鋼)としてマスバランス製品が対象となる可能性が高い一方でEAFで生産されたスクラップベースの低炭素鋼も含まれるかどうかは不透明なことが挙げられる。

 

上表が示す通り、この取り組みは「グリーンスチール」(低炭素鋼)を含むグリーン製品を調達する需要側企業にインセンティブを与える政策である。市場創出の成功にはグリーン製品の購入者に対する動機付けが不可欠であることから、これは一般論としては歓迎すべきシグナルといえる。このケースのインセンティブとしては、宣言を行った企業が政府の補助金を申請する場合にその評価に加点を行うことや、企業名が公表される(一般消費者へのアピールとなると思われる)といったことなどが現時点で公開されている資料に明記されている。全体の構成は以下の図で示す。

 

出典:内閣官房9

 

ただ、取り組みは全体としてはよい方向にみえるのだが、問題は鉄鋼業においてEAFメーカーが生産する、スクラップを原料とした低炭素鋼が対象外に置かれるおそれがあることである。スクラップベースの低炭素鋼はすでに数十年にわたってそのGHG排出削減効果を実証していて、そのポテンシャルは広く認識されている。また、「低排出製品」あるいは「排出削減製品」とされるマスバランス製品にかかる追加コストが、鉄鋼企業幹部がメディアインタビューなどに答えている通り30~40%、場合によっては100~200%に達する一方で、スクラップベースの低炭素鋼では追加コストは数%にとどまる(マスバランスについてはTransition Asiaのレポートにあるコラムがよい参考になる)。日本政府は、GHG排出削減効果とコストの両方の観点から、この取り組みの対象をBFで生産された製品だけでなく、スクラップベースの低炭素鋼にも広げるべきである。繰り返しになるが、スクラップベースの低炭素鋼は実際に存在し、流通し、広く世界のあらゆるところで長年利用されている。そのGHG排出削減効果はすでに科学的にも確認されていて、EAFで生産されたスクラップベースの低炭素鋼の排出原単位が粗鋼1トンあたり0.4トン(CO2換算)であるのに対し、大量の石炭を消費する従来のBFによる鉄鋼製品の排出原単位は2.0トン(CO2換算)を超える。この政策はまだ議論中で正式なものとして成立しているわけではないが、日本政府には対象製品にスクラップベースの低炭素鋼を確実に加えることが求められる。

 

グリーン購入法とグリーン鉄研究会
幅広い産業の脱炭素化推進へ明確な記述・規定を

ここまで分析してきた政策群に加えて今後施行される政策のうち、重要なのがグリーン購入法である。グリーン購入法はグリーン製品の定義を定め、公共機関がその調達プロセスにおいてどのようにグリーン製品を優先すべきかを規定する。2024年末、この法律に関連し対象となる製品を定める規定の改正案が公開され、パブリックコメントも実施された。しかし、案ではマスバランス製品を優先するとされた一方でスクラップベースの低炭素鋼が明示的に含まれていなかったことから、懸念の声が上がっている。

 

実際、公共部門に物品を納入しているサプライヤーの中には、すでに大きな混乱に直面し疑心暗鬼に陥っている企業もある。そうしたサプライヤーも自社の脱炭素化に向けてスクラップベースの低炭素鋼を調達しており、その製品を公共部門に納入しているからである。日本政府はスクラップベースの低炭素鋼も公共調達において優先されるべき物品であることを明確に規定しなければならない。そうでなければ、スクラップベースの低炭素鋼を生産する鉄鋼メーカーは不公平なポジションに立つことを余儀なくされ、また公共部門に物品を納入するサプライヤーも安心してその低炭素鋼を調達することができなくなる。これは公共部門の脱炭素化のみならず、自社の脱炭素化目標を達成するためにEAFで生産されたスクラップベースの低炭素鋼を調達しようと努力している民間部門の脱炭素化にも、非常に逆効果である。

 

加えて、経済産業省に置かれた「GX推進のためのグリーン鉄研究会」も2025年1月に最終的な議論のとりまとめを行い、公表した。ただ、とりまとめは明確に「なお、非化石証書を活用した電気炉鋼材を「GX推進のためのグリーン鉄」(第3章参照)の範疇とし、グリーン購入法などの政府による優先的調達、政府による購入支援などを重点的に講じることを通じた需要拡大支援の対象に入れるべきとの意見がある。非化石エネルギーの拡大は、エネルギー政策の観点から議論されるべきものであり、鉄鋼業から直接排出される温室効果ガスの排出量をGX 投資によって削減することを主に論じてきた本研究会としては、そうした意見があることを明記することにとどめることにしたい」と述べている10

 

こうした例が示すように、日本政府の関心はこれまでも、そして今もBFで生産される鉄鋼の脱炭素化に向かっていて、EAFによる低炭素鋼の生産は完全に議論の範疇の外、テーブルの端にも上がっていない。実際には、低炭素鋼の生産や需要側企業によるその調達において、例えば低炭素鋼の生産1トン当たり2万円の税控除を与える11産業競争力強化法の改正12や、CEV(クリーンエネルギー車両)に低炭素鋼が充てられる場合に最大5万円(EAFによるスクラップベースの低炭素鋼であれば、その生産に係る追加コストのカバーには十分と思われる。下に掲げるコスト分析を参照のこと)を直接補助する新たな政策13など、有効と思われるものが議論され施行されようとしている。ただ、ここで留意・強調されるべきなのは、こうした措置にスクラップベースの低炭素鋼が対象製品としてリストアップされるかどうかが不透明なことである。世界各国との比較では、日本はEAFによる低炭素鋼では例えばコストの面だけでもきわめて有利な立ち位置にある(Transition Asiaによるコスト分析では一読が強く勧められる注目すべき結果が示された)。一連の政策は、すべての産業が脱炭素に関する国家目標に意味のある貢献ができるよう、BFを保有する大手鉄鋼企業に加えて、EAFメーカーにも公平な評価と適切なインセンティブが与えられる設計のもと実施されることが期待される。

文末脚注
データと免責事項

この分析は、情報提供のみを目的としたものであり、投資アドバイスを行うものではなく、投資判断の根拠となるものでもない。この報告書は、評価対象企業が自己申告した公開情報に対する執筆者の見解と解釈を表したものである。企業の報告については参考文献を掲載しているが、執筆者はそれらの企業が提供する公開の自己申告情報を検証することはしなかった。従って、執筆者は本報告書におけるすべての情報の事実の正確性を保証するものではない。執筆者およびTransition Asiaは、本報告書に関連して第三者が使用または公表した情報に関して、いかなる責任も負わないことを明示する。

著者

久保川健太

日本アナリスト

著者

菅野 聖

ESGジュニアリサーチフェロー(日本担当)