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グリーンスチールのコスト分析 – ファクトシート:日本

世界中の鉄鋼産業が排出する温室効果ガスは世界全体の7%以上、CO2排出量では11%以上を占める。世界の鉄鋼生産については、第3位の鉄鋼生産国たる日本の貢献が大きい。再生可能エネルギーや脱炭素電力で生産されたグリーン水素を利用する水素直接還元鉄 (H2-DRI) 法は、鉄鋼部門における大幅な排出削減や、グリーンな鉄鋼生産への転換を実現に導くものである。グリーン水素直接還元鉄‐電炉 (H2-DRI-EAF) 法の導入には、水素価格とカーボンプライシング・メカニズムが影響するため、各国独自の問題について検討が必要である。今回の分析では、鉄鋼分野主要7カ国・地域におけるH2-DRI-EAFのコストを、従来の高炉‐転炉 (BF-BOF) 法や天然ガスによる直接還元鉄‐電炉 (NG-DRI-EAF) 法と比較して、評価する。

 

グリーンスチールプレミアム:日本における水素価格と炭素価格

 

まだカーボンプライシングが導入されていない日本では、グリーンな水素直接還元鉄‐電炉(H2-DRI-EAF)法のコストは、高炉‐転炉(BF-BOF)法や天然ガスによる直接還元鉄‐電炉(NG-DRI-EAF)法よりも高くなっている。これをNG-DRI-EAF法のコストと同程度にするには、水素価格を2ドル/kg程度にする必要があるほか、BF-BOF法と同程度まで下げようとすると、求められる水素価格は1.3ドル/kg程度となる。

一方、15ドル/トンの炭素価格を導入した場合、このダイナミクスは大きく変化する。この炭素価格を前提とすると、LCOSにおいてBF-BOF法とグリーンH2-DRI-EAF法が均衡する水素価格は1.7ドル/kgですむ。炭素価格が上がるにつれてグリーンH2-DRI-EAF法のコスト競争力も向上し、炭素価格が30ドル/トンの場合ではBF-BOF法とLCOSにおいて均衡が取れる水素価格は2.0ドル/kgとなる。炭素価格が50ドル/トンのケースでは、グリーンH2-DRI-EAF法のコスト競争力はさらに上がるため、水素がもっとコスト高となった場合でも、BF-BOF法と十分に競争ができる。

グリーンスチールは極めて小さい炭素強度(carbonintensity,単位量当たり排出量)を誇る一方で、コスト面の問題がついて回る。今回の分析は特に、グリーンスチール技術のコスト面における実現性を高め、その導入を促す上で、カーボンプライシングが重要な役割を果たすことを明らかにした。また、グリーンH2-DRI-EAFを生産するプラントからは炭素クレジットが生まれる。これを売却できるようになれば、グリーン水素生産にかかるコストを緩和することもできるため、より速やかな技術導入が可能になる。

日本では、排出量取引制度はまだ本格的な政策としては実施されていない。鉄鋼メーカーが利用する炭素クレジットもまだ比較的少ないが、今春の国会では税額控除制度を含む法律が成立した。鉄鋼メーカーは、オペレーションコストへの補助を長年主張してきたが、この法律により、低炭素鋼1トン当たり最高2万円 (128米ドル) の税額控除(事実上の補助)を受けられるようになった。

 

グリースチールプレミアムが自動車価格に与える影響

自動車産業が世界の鉄鋼需要に占める割合は12%で、グリーンH2-DRI-EAFスチールを使用することによる追加コストはグリーンプレミアムと呼ばれる。これについては様々な研究があり、自動車価格全体への影響は最小限であること、そしてグリーンスチール調達の先陣を切るのは自動車産業であるとされる。日本の場合、水素価格を5ドル/kgと仮定すると、グリーンプレミアムは従来の鋼材と比較して1トン当たり約231ドルとなる。乗用車に使用される鋼材は平均0.9トンなので、乗用車1台あたりでは約208ドルの追加コストが発生するが、これは日本の乗用車平均価格 (2万2000ドル) に対して1%未満にとどまり、乗用車価格とマーケットの安定性に大きな影響はない。今後に関する予測では水素価格が1.3ドル/kgまで低下する可能性が示唆されており、グリーンプレミアムは事実上ゼロ、H2-DRI-EAF法によるグリーンスチールは、従来法で生産された鉄鋼とコスト面ではほぼ同じポジションを占め得る可能性がある。また、H2-DRI-EAFスチールのグリーンプレミアムは、カーボンプライシングやクレジットの導入によってさらに大幅に低下することもあり得る。

 

グリーンスチールプレミアムがビル建設コストに与える影響

世界の鉄鋼需要の52%は建設業(建物・インフラ)で占められている。日本でのビル建設においては、H2-DRI-EAF法で生産されたグリーンスチールを導入することによる経済的影響はごくわずかであると考えられる。グリーンスチールを使用した場合、水素価格キロ当たり5ドルとすると、鋼材にかかる追加コストは1トン当たり約231ドル。50m2の住宅用建物1戸になおすと約578ドルのコスト上昇となる(中低層住宅1m2当たり50kgの鋼材使用を想定)が、これは、住宅建築にかかる総費用でみるとごく一部である。さらに、将来的に水素価格が下がるか、あるいはカーボンプライシングが導入されれば、グリーンプレミアムは縮小し、ゼロとなる可能性さえある。グリーンH2-DRI-EAFは、日本の建設業にとってコスト的に十分現実的な選択肢となる。

 

グリーンスチールプレミアムが造船コストに与える影響

ここで世界の造船業に目を向けてみると、中国、韓国、日本の上位3カ国が90%以上のシェアを独占している。グリーンH2-DRI-EAF法による鉄鋼を造船に使用すると、コストはわずかではあるが上がる。世界には多くの船種があるが、今回の研究では世界中で毎年大量に造られているばら積み船に焦点を絞る。例えば、平均的とされる載貨重量4万トン(40,000DWT)のばら積み船を建造する場合、約13,200ンの鋼材が必要となる。日本でグリーンH2-DRI-EAF法による鉄鋼を水素価格5ドル/kgとしてこの種の船を建造したとすると、追加コストは1隻あたり約300万米ドルとなる。載貨重量4万トンのばら積み船を新造するコストが平均3,000万ドル以上であることを考えると、グリーンスチールプレミアムは総コストの10%以下にとどまる。

自動車や建築物に比べ、造船の総工費に占めるグリーンスチールプレミアムが相対的に高い理由は、建造時に必要なマテリアルに占める鉄鋼の割合が高いからである。将来的には水素価格の低下が予測されており、それに伴ってグリーンプレミアムが小さくなり、グリーンH2-DRI-EAF法のコストが、従来のBF-BOF法にかかるコストとほぼ同程度になることもあり得る。さらに、カーボンプライシングの導入により、グリーンプレミアムがさらに縮小し、 海運セクターでもどの鉄鋼を採用するかを勘案するにあたって、コスト面でグリーンH2-DRI-EAFスチールの魅力が高まる可能性も考えられる。 

 

提言

H2-DRI製鉄への移行に必要とされる資金調達においては、金融リスクを軽減する官民双方の投資が求められる。

 

政府:

  • グリーン水素の生産をコスト的に現実的なものとするため、税制上の優遇措置やその他のインセンティブを導入
    する。
  • グリーン水素の生産コストを下げるため、研究開発とインフラに投資を行う。
  • 市場の需要を喚起するため、公共調達においてグリーンスチールを優先する政策を実施する。

 

鉄鋼企業 :

  • 安定した水素供給を実現できる信頼性の高いパートナーシップを構築し、従来のBF-BOF法からグリーンH2-DRI
    法への移行を図る。
  • グリーンH2-DRIの実現性と利点の実証を目的として、全業界規模のパイロット・プロジェクトに取り組む。
  • 主要な最終消費企業・業界と長期供給契約を締結して需要を確保し、グリーンプレミアムを補填する。

 

自動車メーカー及び建設企業 :

  • グリーンスチールを調達戦略に取り入れ、その需要を推進し、グリーンプレミアムを補填する。
  • 気候、環境、健康に配慮したグリーンスチールの利点を広くPRし、市場におけるポジショニングを強化する。
  • 環境に配慮した企業調達を行い、気候変動に対する意識が高い顧客に対応する。

 

造船・海運企業 :

  • 官民の調達戦略を活用し、業界におけるグリーンスチールの導入を促進する。
  • グリーンH2-DRIを生産する鉄鋼メーカーとの強固なサプライチェーンを確立し、対グリーンスチール需要を安定
    させる。
  • 国の政策や企業間の協定を通じて、幅広い場面でのグリーンスチール導入を促し、グリーンプレミアムを抑制
    する。