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日本の第7次エネルギー基本計画:電炉による製鉄拡大へ再生可能エネルギーの優先を

要点

  • 日本の鉄鋼業界の脱炭素化には再生可能エネルギー(再エネ)が極めて重要。第7次エネルギー基本計画(エネ基)では、電炉(EAF)が必要とする電力を再エネでまかなうと同時に、 脱炭素を目指す鉄鋼各社にコスト競争力のある電力を供給するよう定めることが求められる。

 

  • 鉄鋼の脱炭素化に必要な電力需要は、2030年時点で日本の総発電量の0.5%に相当する。2050年にニア・ゼロ・エミッションの鉄鋼生産を達成するとすると電力需要は総発電量の5~7%となる見込みだが、このような大きなトランスフォーメーションとしては比較的小さな電力消費量ですむ。

 

  • 新規再エネ由来電力源と接続した450万トン/年の生産能力を持つEAF群を導入すれば、鉄鋼業界が掲げる2030年までの排出削減目標は達成可能。同量の製品を生産する高炉‐転炉(BF-BOF)設備をこのEAF群が代替することで、2050年のカーボンニュートラルの達成も見えてくる。

日本製鉄の橋本英二・代表取締役会長兼CEOは2024年7月、エネ基を議論する総合資源エネルギー調査会・基本政策分科会において、「グリーン電力の強固な供給体制は必須という点に議論の余地はない」と発言した。

日本にとって脱炭素と高品質な鉄鋼の生産を両立する最も現実的な方法は、輸入グリーンHBIをEAFに投入することである

日本では一般的に、太陽光発電や風力発電による電気料金は、化石燃料由来電力も含めた市場価格よりも高い。再エネ由来電力の利用を通じて鉄鋼業界の脱炭素化を促進するためには、第7次エネ基では鉄鋼企業による新規再エネプロジェクトに対する契約の締結を奨励し、再エネプロジェクト自体の基盤を安定させ、かつ融資対象としての適格性を保証する政策が優先されるべきである。

再エネがカギを握る「双子のトランジション」:送電網と重工業の脱炭素化

エネ基は、環境的・経済的課題に対処しつつ、エネルギーの安定供給を目的とし、日本の長期的なエネルギー政策において講ずるべき措置を提示するものである。鉄鋼業については2021年に改訂された第6次エネ基で、既存高炉の利用率向上・鉄鉱石の水素による還元・高炉由来排出ガスに含まれるCO2の分離回収などに重点が置かれている1 しかしながら第6次エネ基が公表された2021年以降、水素直接還元技術や炭素回収・貯留(CCS)技術で商業規模の稼働を始めたものはなく、大きな進展はみられない。また、国内の鉄鋼需要の減少に伴い、高炉の利用率は低下してきている。

 

一次製鉄は特にエネルギー集約的な産業だが、再エネ由来電力の利用を通じて脱炭素化することは可能である。したがって、第7次エネ基では、日本の一次製鉄企業(日本製鉄、JFE、神戸製鋼)が直面する課題、すなわち鉄鋼業界への再エネ供給がポイントとしてカバーされる必要がある。経産省の政策立案者には鉄鋼業の脱炭素化に向けて、財政・金融的なインセンティブとともに、電力系統と鉄鋼業そのもの両方の脱炭素化に資する再エネ政策を提示することが求められる。

低炭素鋼技術が要する電力消費量

国内における製鉄に限ってみるならば、電力消費量が最少ですむのはグリーンなホットブリケットアイアン (HBI:Hot Briquetted Iron) や鉄スクラップをEAFに投入する方法で、その電力消費量は国内でH2-DRI-EAF法(水素直接還元鉄を鉄源とするEAF製鋼法)を利用した場合に必要な電力の約6分の1にとどまる。これはH2-DRI‐EAF法では必要なグリーン水素を生産するのに多量の電力を消費するためである。日本では電力の「系統制約」があるため、生産時の電力消費量を抑えられるスクラップとHBIを投入する方法は特に優れているといえる。他方、日本は成熟したスクラップ-EAF産業を有しながら、依然としてスクラップの純輸出国であり、スクラップの利用可能量の点でみれば、鉄鋼業界、特にスクラップを利用するEAFによる生産は今後も発展する可能性がある。また、一部鉄鋼メーカー (神戸製鋼所とJFE) は、グローバルサプライチェーンを通じたHBIの輸入プロジェクトをすでに開始している。このようなグローバルサプライチェーンの活用によって国内だけでなく世界的な視点からも脱炭素化が可能となり、例えば鉄鉱石からHBIへの加工など、電力消費量の多いプロセスを再エネ資源の豊富な国にアウトソースすることもオプションとなってくる。

電源と技術の選択がもたらすインパクト

第6次エネ基の公表以降、鉄鋼業界では脱炭素化の大きな進展はみられなかった。第7次エネ基ではまず、優先すべき製鉄技術を特定する必要がある。Transition Asiaの分析によると、使用する電源 (系統電力または再エネ由来電力) や技術によって排出量が大きく変動する可能性が示された。脱炭素化の実現可能性を最も高めるのは、水素やHBIの輸入、またスクラップの再利用である。このような技術を再エネ由来電力とともに利用した場合、BF-BOF法による製鉄と比較して最大95%の排出量削減が可能という分析結果が得られた。同じくTransition Asiaの分析では、排出削減対策が講じられていない系統電力の代わりに再エネ由来電力を利用する重要性が示唆された。国内のH2-DRI-EAF設備を稼働させるにあたって未対策の系統電力を使用すると仮定し、現時点の排出係数を基に分析を行ったところ、鉄鋼1トン当たりの排出量が増加し、BF-BOF法による排出量を7%上回る結果となった。石炭とBF技術がベースのCOURSE50技術も、その達成可能な排出削減率は使用する電源と関係なく限定的で、従来のBF-BOF法に比べて20~30%にとどまる。

 

Transition Asiaの分析では、脱炭素化ポテンシャルだけに限ると、鉄源を100%スクラップとしたEAF法による二次鉄鋼生産が最も効率的な方法であることが示された。CO2削減量は再エネ由来電力1 MWhあたり2.15~2.59トンに上る。これに僅差で続くのは輸入グリーンHBIを使ったEAF法で、この技術によるCO2削減量も2 tCO2/MWhに達する。一方、スクラップベースの製品には品質の問題があり、日本の一部鉄鋼企業やその製品を購入している下流企業も2懸念を示している。したがって、日本が脱炭素化を進めつつ高品質な鉄鋼製品を生産し続けるには、グリーンHBIを輸入しEAFに投入する方法が最も実現可能性の高い道筋になる。3このアプローチであれば、電力系統への負担を最小限に抑えつつ、ベストの脱炭素化率を達成することができる。第7次エネ基ではこの2つの製鉄法が優先されるべきであるといえる。

 

日本のEAFメーカーとしては東京製鐵、日本製鋼所、大和工業といった企業が挙げられる。こうした企業は再エネ由来電力の供給が限られる中でも、EAF法によって鉄鋼を生産してきた。日本の鉄鋼製品の75%はBF-BOF法で生産された鉄鋼で、現在のところEAFメーカーの市場シェアは小さい 。ただ今後、製鉄の脱炭素化に必要なのは電化を進めることである。実際、米国の鉄鋼市場ではすでにEAF法が主流で、自動車業界や他産業に高級鋼材を供給しており、生産量の70%以上を占めている。EUでは鉄鋼業の電化に向けて大規模な整備を進める一方、一部の政策立案者は製鉄事業を他国にアウトソーシングし、欧州ではEAF法による鉄鋼生産に特化するよう強く主張している。日本も、競合国に後れをとらないように生産プロセスの電化を進める必要がある。

 

ここで注意すべきは、BF法からEAF法へのドラスティックかつ大規模なシフトが最重要であるという事実である。一部では、最終製品が十分に低炭素化されてさえいれば、生産プロセスで使用される電力の属性やプロセスそのものが何であるかは大きな問題ではない、とする向きもある。確かに一見合理的ではあるが、この議論には脆弱性が含まれる。すなわち、「グリーンスチール」の定義や基準は変わり得るリスクがある、という点が見過ごされているのだ。実際、グローバルレベルで合意されたグリーンスチールの定義は現時点で未だ存在しない。むしろ、これまで議論されてきたものよりも厳しい定義や基準が導入され、また将来的にはさらに強化される可能性さえある。つまり、現時点で種々の条件を満たしていたとしても、「きょうのグリーンスチール」が将来もグリーンスチールとして認められ続ける保証はない。生産プロセスがEAFであるかBF-BOFであるかを無視して、視野を最終製品の性質、つまり製品が「現時点で」グリーンであるかどうか、という点のみに狭窄させるのは極めてリスキーと言うべきである。BF-BOF法の脱炭素ポテンシャルは限られており、現時点ではグリーンな製品を生産できていたとしても、将来その基準が厳格化され今以上の脱炭素を要求された場合、対応力がない。一方、EAF法であれば現時点でもBF-BOF法に比べて90%以上の脱炭素ポテンシャルを有するので、将来的な基準の厳格化にも対応できる。グローバルマーケットは常に予測困難である。日本企業がトレンドへの対応をフレキシブルかつ迅速に取るためには、EAFへの全面的なシフトが致命的に重要となる。

PPA (電力購入契約) によるエネルギーシステムの移行と企業目標の達成

日本の鉄鋼生産拠点は、都市部周辺の沿岸地域に局在している。再エネによる自家発電はEAFの稼働に必要な電力を鉄鋼業界全体に供給できないので、実行可能な選択肢としてみなすことはできない。したがって日本の鉄鋼分野で脱炭素化を達成するには、電力系統を利用したソリューションを優先せざるを得ない。

 

現在、日本において電力供給の脱炭素化を目指す企業は、J-クレジット制度、グリーン電力証書、非化石証書など、様々なマーケットベースのソリューションを利用することができる。ただ、このようなエネルギー属性証書 (EAC) を利用する場合、鉄鋼企業には市場の電力価格とプレミアムが適用されるので、再エネ由来電力の拡大を促進する上でEACが有効であるかについては疑問が残る。まず留意すべきは脱炭素電力の供給体制における価格の安定性と信頼性の確保、それから新規再エネプロジェクトに実効的な貢献をもたらすことであるが、この条件を満たし、かつ鉄鋼企業にとって実現可能性が高いのがコーポレートPPA (CPPA)である。CPPAは、ヘッジされた価格で需要家に電力を安定供給できるという点で有効なソリューションとなる。しかし、CPPAは北米や欧州といった地域では一般的ではない。これは、市場リスクを契約に盛り込まなければならないためである。企業の再エネ需要を後押しするには、政策立案者によるこの問題の解消が不可欠になる。

再生可能エネルギー由来電力の利用拡大は達成可能かつインパクト大

鉄鋼メーカーがスクラップ-EAF法とグリーンHBI-EAF法向けの電力を確保する目的でCPPAを締結することが多くなれば、鉄鋼業界と電力分野の脱炭素化を同時に推進することが現実的に可能になる。日本の鉄鋼業界は2030年までに排出量を30%削減するという目標を掲げているが、この目標を達成するためにスクラップ-EAF法とグリーンHBI-EAF法を採用したとすると、590~600トン級EAF群が既存のBF-BOF設備を置き換えることになる (BF-BOF法による粗鋼生産量450万トン/年に相当)。このトランジションには再エネ由来電力が約3 TWh必要となる計算だが、これは日本における現在の発電量の0.5%未満にとどまる

 

日本の再エネによる総発電量は、2050年までに現在の発電量の5〜7%に相当する43〜61 TWhに達すると予測されている。系統電力にかかる排出量も現在の水準から5〜7%の低減となる409〜418 tCO2/GWhになる見込みで、これを踏まえると鉄鋼分野の排出削減量は2013年比95%に達する計算となる。ただ、この数字の達成には、日本のEAFが持つ生産能力を米国の生産能力に匹敵する6,400万~8,600万トン/年程度まで増強することが前提になる。このことからも、日本にとってEAFの生産能力増強が不可欠であることがわかる。4

結論

第7次エネ基では、日本の鉄鋼業界の将来に備えて、電力の利用効率とCO2の削減ポテンシャルが最も高い製鉄法を優先しなければならない。2030年までには、590~600トン級のEAF群を新規再エネインフラと組み合わせていく必要があるが、これは十分に達成可能な目標である。2050年に向けては、EAF群はその総容量を計8,600~1万1,500トン程度まで、また総生産量を6,400万~8,600万トン程度まで拡大させることが重要になってくる 。5

 

EAF法の特性をフルに引き出すには、再エネ由来電力を動力源とすることが前提となる。第7次エネ基には、特に新設のEAFに割り当てる再エネ由来電力の発電量が目標として組み入れられるべきである。具体的には、2030年までに新たに3 TWhの再エネ由来電力をEAFに割り当てる必要がある(太陽光発電の容量で2.5 GWに相当)。2050年に向けては、一連の目標を引き上げ、EAF向け再エネ由来電力の供給量を43~61 TWhに増強することが求められる。

 

最後に、標準的な系統電力価格よりも高い電気料金を脱炭素化を目指す鉄鋼企業に課してはならない。第7次エネ基では、日本の鉄鋼業界が目標を達成できるよう、財政的な優遇措置が提示されることが望ましい。

尾註
  1. https://www.meti.go.jp/press/2021/10/20211022005/20211022005-1.pdf
  2. https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/energy_structure/pdf/018_04_00.pdf
  3. https://www.steel.org/steel-technology/steel-production/
  4. https://www.iea.org/countries/japan/energy-mix
  5. 日本の粗鋼生産量に関する長期的試算の下限と上限
データと免責事項

この分析は、情報提供のみを目的としたものであり、投資アドバイスを行うものではなく、投資判断の根拠となるものでもない。この報告書は、評価対象企業が自己申告した公開情報に対する執筆者の見解と解釈を表したものである。企業の報告については参考文献を掲載しているが、執筆者はそれらの企業が提供する公開の自己申告情報を検証することはしなかった。従って、執筆者は本報告書におけるすべての情報の事実の正確性を保証するものではない。執筆者およびTransition Asiaは、本報告書に関連して第三者が使用または公表した情報に関して、いかなる責任も負わないことを明示する。

私たちのチーム

久保川健太

日本アナリスト

ローレン‧ヒューレット (Lauren Huleatt)

プログラムマネージャー兼投資担当