日本の低炭素鋼開発
要点
- 電気アーク炉 (EAF) を迅速に導入するとともに、高炉の急速な段階的廃止を断行しなければ、排出削減目標を達成し、かつ世界のグリーンスチール市場で競争する上で苦戦を強いられる可能性が高い。
- 日本の鉄鋼大手3社は、1.5°C目標を達成するために必要な排出削減量を達成できていない。各社が発表した計画と方針に関するTransition Asiaの分析によると、各社はいずれも「1.5°Cカーボンバジェット (1.5°C目標を達成するための炭素予算)」を大幅に超過している。2019年から2050年までの総排出量は各社のカーボンバジェットを8億2,100万tCO2 (日本製鉄)、5億2,700万tCO2 (JFE)、1億3,700万tCO2 (神戸製鋼) 超過すると予測されている。
- EAFには再生可能エネルギー(RE)を導入する必要がある。Transition Asiaは日本のグリーンスチール生産において将来必要となるREを算定し、RE由来電力が2031年に1TWh、2050年に38 TWh必要になると算定した。
鉄鋼セクターの排出削減を進めることによってサプライチェーン全体の脱炭素が可能に
はじめに
鉄鋼業界の脱炭素化は気候変動対策を講じる上で重要な役割を果たす。鉄鋼生産が現在、世界の炭素排出量の11%を占めているためである。パリ協定の目標を達成するには、今後30年間、世界の需要を満たすために鉄鋼生産を倍増させつつも、排出量を90%以上削減する必要があるとされている。 1
鉄鋼業界の脱炭素化はその必要性からして軽視できない。鉄鋼業界の気候変動対策は排出量の多い分野 (公益事業、自動車、建設など) を網羅するサプライチェーンと関連しているからである。言い換えると鉄鋼業界の排出削減対策に焦点を当てれば、他のサプライチェーンも根本的に脱炭素化できることになる。
つまりグリーンスチールは変革を起こすための重要な原動力であり、これには政策立案者から企業、消費者に及ぶ幅広いステークホルダーの関与が必要になる。しかし、調査対象や算定範囲などの指標に一貫性がないため、「グリーンスチール」の定義に関する国際的なコンセンサスは依然として得られていない。他方、Responsible Steel (非営利組織「レスポンシブル・スチール」) や国際エネルギー機関 (IEA) が定義を策定しており、変更される可能性もあるが、こうした定義が現在は一般に受け入れられている (図1を参照)。
図1:IEAが提案するスクラップ使用量と分類システムによるニアゼロエミッション粗鋼生産量の閾値2
Responsible SteelとIEAが提案する定義では、使用されるスクラップの割合に応じて「ニアゼロエミッションスチール」の炭素排出原単位が粗鋼1トン当たり50~400 kg CO2eであることが示されている3。本書では、Transition Asiaの「グリーンスチールモデル」から導出された数値に基づき「グリーンスチール」を最大排出原単位が鉄鋼1トン当たり220 kg CO2e以下の鉄鋼とする。この排出量レベルであれば、現在、商業規模で使用されている方法と同様の低炭素化技術や資源を鉄鋼生産に使用することができる。こうした技術には、REベースの水素直接還元鉄 (H2DRI) –EAFソリューションや、REを動力源とするEAFソリューションが含まれる。
本書では、日本のグリーンスチール産業の発展を妨げる主要な課題に加え、日本が地域的・国際的競争で重要な役割を果たすための解決策と提言について概説する。併せてCOURSE50のような近視眼的ソリューションや、スクラップのさらなる利用といった供給側と需要側の課題についても分析する。
また、日本の鉄鋼企業大手3社 (日本製鉄、JFEホールディングス、神戸製鋼) が講じている措置について取り上げ、最後に各社の排出削減方針と計画に関する分析結果を提示する。
鉄鋼セクターは産業部門で最大の排出源。国内排出量の14%に相当
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日本の鉄鋼業界
世界鉄鋼協会のデータによると、2022年、日本の鉄鋼生産量は中国、インドに次ぐ第3位で、世界の年間生産量で4.7%を占めた4。日本鉄鋼業界のCO2排出量は、国内の総排出量の14%に相当し、製造業の中では最も多い。日本の2050年ネットゼロ目標達成に向けて対処しなければならない重要な分野になっている5。
日本の鉄鋼業界は、生産ニーズを満たすために高炉 (BF) への依存度が極めて高く、BFで生産される鉄鋼は国内総生産量の76%を占めている6。他方で2017年以降については、鉄鋼企業の一部が業界の脱炭素化に取り組んできている。例えばEAFソリューションだが、これは低排出かつリサイクル率の高い鉄鋼を生産することができる唯一の商業的ソリューションである。日本においては主要原料として鉄スクラップを使用しており、必要な鉄鉱石と石炭の量が少なくてすむので、排出量を大幅に削減することができる。
EAFソリューションは2002年以降、米国で鉄鋼の大半を生産してきた成熟した技術で7、世界の鉄鋼生産能力の43%を占める8。日本では総生産量におけるEAFの割合が24%にとどまっており、世界の競合国に後れをとる状況にある (米国:70%、EU:42%、韓国:32%9)。
日本の鉄鋼企業大手3社 (日本製鉄、JFE、神戸製鋼) の中では、排出削減対策としてEAFソリューションへの大幅な転換を発表しているところはまだない。日本のBFの約半数が2030年までに寿命を迎えるとされているが、その生産能力をEAFに置き換える計画は今のところほとんどない。既存BFの改修はBFの寿命を延長することになり、最終的に温室効果ガス (GHG) の排出量増につながる。
例えば、日本製鉄をみると、2030年時点で総生産量に占めるEAFの割合は8%にとどまる見込みであるが、中国はEAFの割合を2025年までに15~20%まで拡大することを目指している10。同様に、米国ではREを動力源とするEAFが拡大しているため、鉄鋼分野の総排出量は日本で生産される鉄鋼1トン当たりCO2の半分である11。日本では一貫した政策と計画が策定されておらず、世界の動向に起因する影響に対して脆弱で、脱炭素化要件を受け入れる準備が整っていない。
世界全体のサプライチェーンにおいてグリーンスチールへの需要が高まる中、Transition Asiaの分析では、日本全体でEAFを迅速に拡大・統合しなければ、鉄鋼大手 (日本製鉄、JFEなど) は2030年までに排出量を大幅に削減できず、世界の競合他社に遅れをとるおそれがある12。一方で、REの供給量を拡大すると同時にEAFの動力源として推進する必要があるが、これを実行できれば、鉄鋼1トン当たりの排出量をさらに減らし、国際市場で日本製低炭素製品の競争力を底上げすることができる。
現時点では、REではなく国内送電網を動力源とするEAFに鉄スクラップを100%投入した場合、鉄鋼生産時の排出量はニアゼロエミッションとみなすために必要なレベルよりも4倍以上高くなる。これは国内送電網の排出係数が高い、つまり火力発電所が多く発電時の排出量が多いという日本が抱える問題のためである。この数値は、RE (太陽光、風力など) をEAFの動力源とするだけで半減させられる。経済産業省 (METI) の最新の評価によると、RE分野は前年度比10%と大幅に増加したが、日本のREは依然として競合国 (米国、英国、ドイツ、中国など) に大きく遅れをとっている。
パート1: 日本におけるグリーンスチールの市場要因
グリーンスチールの需要
グリーンスチールの需要は世界的に急増している。しかし、日本ではEAFによる鉄鋼生産が進んでおらず、将来的なグリーンスチールの需要を満たすうえでその生産能力で遅れをとっているといわれる13。日本の鉄鋼大手は、大型EAFや直接還元鉄 (DRI) を含むグリーンスチール生産への大規模投資に慎重になっている主な理由として、国内および輸出向け鉄鋼需要の見通しが不透明であることを挙げている。
日本の鉄鋼メーカーは低排出鋼を生産するために各種措置を講じているが、これはTransition Asia が定義する「グリーンスチール」や、Responsible SteelとIEAが定義する「ニアゼロエミッションスチール」ではない。例えば、神戸製鋼は低排出鋼を生産するために各種契約を締結している。この鉄鋼は「Kobenable Steel (コベナブルスチール)」として販売されており、Midrexプロセスによるホットブリケットアイアン (HBI) をBFの原料として使用している14が、この鉄鋼を販売するために採用されている方法では鉄鋼1トン当たりの排出総量削減は考慮されていないため、この鉄鋼を生産工程の脱炭素化を図るために意味があるアプローチとはみなすことができない。同様に、JFEもBFの製品寿命を延長するために、低炭素鋼を生産するための取り組みを行っている。この鉄鋼は「JGreeX」として販売されており、マスバランス方式を適用してCO2削減を図ったものである。
表1:日本の鉄鋼企業による低排出鋼を生産するための取り組み (産業別)
社名 | 自動車 | 造船 | 建設 | 計画されている総供給量 |
神戸製鋼 | トヨタのレーシングカー用エンジン部品 | 今治造船のバルクキャリア | IHI・三菱地所・鹿島建設の物件 | 8,000 t (2022年度)100万 t (2030年)参考: 日本経済新聞 |
JFE | 未発表 | ドライバルク船 | 未発表 | 20万 t (2023年度) |
日本製鉄 | 未発表 | 未発表 | 蘭地熱発電用パイプライン | 30万 t
(2023年度) |
この製品群一覧が示すのは、日本国内市場でグリーンスチールまたは低炭素鋼として販売されている鉄鋼に対する需要が低調である事実だ。これは需要側企業がまだ慎重で、不明瞭な定義に基づく今の「グリーン鋼材」よりも、潜在的な思惑として、将来的に市場に投入されるであろう明確かつ検証可能な低排出鋼を長期契約で求めているためだという可能性もある。対照的に現時点で日本市場に流通しているのは、排出量を漸進的に削減する上記のような鋼材である。
一方中国では、特に自動車分野での需要が急伸している。その一例として、中国の鉄鋼大手HBISグループは、低排出鋼の供給に関する覚書をBMWと締結したと発表した15。供給量自体は開示されていないが、HBISから鉄鋼が供給されているBMWの瀋陽拠点の年間生産量は65万台に上る16。また、数量は開示されていないが、宝鋼集団もBBAC (北京ベンツ汽車有限公司) への低排出鋼の供給を開始する計画である17。排出削減がグローバル企業の計画に組み込まれるのは前向きな措置と捉えることができるが、低排出鋼に関するほとんどの取り組みはTransition Asia、Responsible Steel、IEAによる「グリーンスチール」の定義と異なっている点に注意することが重要である。
排出削減量を定量化するための「マスバランス方式」に関する注釈
排出削減量を評価するマスバランス方式は、特定のシステムや工程内の材料の流れと排出量を測定し、定量化する方法である。これは材料の投入量、生産量、変化を追跡するために構造化された方法であり、排出量を測定し、そのシステムや工程内の排出削減対策の影響を評価することができる。例えば、マスバランス方式を適用して評価する場合、HBIをBFに投入することで排出を削減できる。評価の最初の工程となるベースライン評価では、従来のBF法による排出量 (コークス燃焼によるCO2排出量を含む) を判断する。HBIを導入すると、従来の原料の一部と置き換えることができるので、次に行う導入後の評価では、BF法とHBIを使った生産の両方を考慮して排出量を再算定する。HBIは効率に優れ、従来の材料と比較して炭素排出原単位が低いため、ベースライン評価(従来のBF法の排出量評価)とHBI導入後の排出量の差が、HBIの利用によって達成された削減量となる。この削減量は積み上げ式で合計された後、特定製品に割り当てられ、その特定製品は直接HBIで製造されたものでなくとも、割り当てられた削減量の分だけ「グリーンである」と「みなす」ことができる。
神戸製鋼がその鋼材「Kobenable Premier (コベナブルプレミア)」によって従来製品と比較して排出量を100%削減可能と主張している場合、それはベースライン評価(従来法の排出量)とHBI導入後の排出量の差を差し引きし、同製品に割り当てたものである。
本書では、従来の製品と「Kobenable Steel」の実際の排出削減量について言及していない。MidrexプロセスによるHBIはBFから出銑した銑鉄と比較して排出量が30~40%少ないが14、BFに投入される全体的な割合はわずかである可能性が高いため、Transition Asiaはこれを長期的なニアゼロエミッション解決策とするべきではないという見解である。
鉄鋼企業が低炭素製品の供給を目指す場合、ライフサイクルアセスメント (LCA)、GHGプロトコルといった一般に認められ、検証可能な炭素会計システムを用いて、生産中の排出量について説明することが不可欠である。これは、透明性と信頼性の高い方法で製品のカーボンフットプリントを評価できるようにするためである。BF法による鉄鋼生産でCO2を100%削減可能という主張は、「正直な」マーケティングとはいえず、排出総量削減に関する情報を提供するものではない。
EAFに係る排出は発電時の排出が大部分だが、再エネ由来電力を使うことで大幅な削減が可能
EAFに係る排出は発電時の排出が大部分だが、再エネ由来電力を使うことで大幅な削減が可能
日本の大手3社の計画ではグリーンスチールの生産を可能にするソリューションは非常に限定的。大部分のソリューションは2030年もしくはそれ以降に導入予定で、現時点では高炉に頼りつつその排出量削減に力点
視野を東アジアの範囲に広げると、韓国もグリーンスチールの競合国となりつつある。例えば、日本企業と複数のグリーンスチール契約を締結しているPOSCO (韓国の鉄鋼大手) は、電気自動車 (EV) 生産とグリーンスチール供給に関する研究開発 (R&D) 協力契約を含むパッケージ契約をホンダ (日本の自動車大手) と締結している18。この事例は、日本の鉄鋼業界がすでに地域の競合他社に遅れをとっていることを示す1つの証拠といえる。POSCOはすでに、2028年までにH2-DRIベースのグリーンスチール研究開発プロジェクトを完了させ、2030年までに商業化する計画を発表している19。対照的に、日本の鉄鋼業界がH2-DRIの導入についてめどとしているのは2050年前後である20 21。
グリーンスチールのためのRE由来電力
グリーンスチールの供給に影響する主要な問題はREの供給量である。EAFの使用による主な排出源は送電網によって供給される電気の発電時に排出される炭素であるが、これらはクリーンなREを使用することで大幅に削減できる (一方、BFはコークス用石炭を動力源としている点に注意)。しかし、日本は依然として化石燃料由来の電力への依存度が高く、2021年の発電量の72%を占めている22。
図2のとおり、日本の送電網排出係数 (発電量単位当たりの炭素排出量) は、他のG7諸国と比較して非常に高い。日本政府は従来、REの導入に前向きではなく、エネルギー源として輸入化石燃料への依存度が高い状態が続いている23。
図2:G7の送電網排出係数
出典: IEA、2022年排出係数
しかしながら、日本においてもREの需要は伸びてきており、日本のエネルギー基本計画は2030年までにエネルギーミックス (電源構成) の38% (2022年の20%から増加)をREとすることを目標に設定している。鉄鋼生産のためのEAFソリューションは電力需要の増加につながるので、グリーンスチールを進める上でREの拡大は非常に重要である。鉄鋼企業がグリーンスチールを生産するためには、国内送電網に依存することなく、REを調達し、EAFで使用される電力としてREの拡大を求める声をあげる必要がある。選択肢としてはJクレジット制度などの認証に係るスポット契約や長期契約もあるが、電力購入契約 (PPA) は価格変動リスクを回避し、電力供給と電力の再生性を包括できるため、企業にとって選択しやすい方法である24。物流、サプライチェーン、DRI生産においては多量の排出が見込まれるため、完全な脱炭素化を目指す鉄鋼業界は厳しい状況に直面している。しかし、グリーンスチールの生産を実質的に前進させるために最も迅速で費用対効果の高い方法は、スクラップを投入するEAFの動力源としてREを確保することである。
Transition Asiaは日本のグリーンスチール生産に将来必要になるREを算定し、RE由来電力が2031年に1 TWh、2050年に38 TWh必要になると推定した。この量であれば短期的にも確保可能と考えられる。
図3:日本のグリーンスチールに関する再生可能エネルギー由来電力
鉄スクラップ
鉄スクラップは、その特性を損なうことなく無限にリサイクルできるため、世界中においてリサイクル率が最も高い材料である25。鉄スクラップは、BFと直接還元 (DR) 統合プロセスで使用されるが、主に独立したEAF設備で使用される26。
EAFはリサイクル材を100%投入できるので、スクラップ市場が堅調であればEAF市場の成長を促進することができる。日本の粗鋼生産量のうち約35%がスクラップ由来で、その大半は国内のEAFに投入されている。ただし、BFを有する生産拠点では、製品の排出原単位を下げるために、より高品位のスクラップを購入している27。一方で競合国とのスクラップ比率の国際比較 (図4) によると、日本のスクラップ使用量は最低である。これは日本が鉄スクラップの純輸出国であり、国内のEAF製鋼企業が高い輸出価格と戦っていることを示す。
図4:日本の国内消費量における鉄スクラップ比率
出典: BIR 28
日本の鉄スクラップのほとんどは従来、韓国、ベトナム、台湾などに輸出されてきたが、スクラップ輸出国にとってはバングラデシュといった国内鉄鋼産業の創出を目指す各国の新市場が戦略的に重要となってきている。スクラップの純輸出国である日本は、全スクラップの約4分の1を加工用に輸出している。
日本で供給されるスクラップの量には限界があることから、低品位のスクラップも利用できるよう、不純物を希釈する各種技術が開発されてきた (DRIとスクラップをEAFに同時投入する方法など)。このソリューションにより、鉄鋼メーカーは新設備に多額の投資をすることなく、低品位のスクラップを使用できるようになった。これは、日本がグリーンスチール生産で周辺諸国と競争するためのソリューションの一例である。ただ、このためには国内のステークホルダーがDRIの調達を保証する必要がある。実際にJFEはDRIを海外から確保する必要性を示し、UAEから天然ガス由来DRIを輸入する契約を締結した29。
一般に鉄スクラップは建設分野向けの低品位な鉄鋼製品に加工されるが、自動車分野向けに鉄スクラップから高品位の鉄鋼をより多く生産する方法が現在開発中である。需要については、鉄鋼集約型産業は既に、鉄鋼メーカーに対して需要が存在することの明確なシグナルを送っている。米国では、DRI、銑鉄、高品位のスクラップを混合したEAFベースの製鉄法が長年にわたって自動車産業にクリーンな鉄鋼を供給してきた。グリーンスチールに関するオフテイク契約 (HYBRIT、Volvo、Ford Europe、Tataの間で締結され注目を集めた契約など) は、世界が排出量の多いBF-BOF法による鉄鋼生産から転換する必要性を示している。
鉄スクラップには、スラグ形成時にほとんどの不純物を除去できるものの、依然として技術的な限界がある。スクリーニングや分離工程後でも、鉄スクラップは極低濃度の金属 (銅やスズなど) で汚染されている可能性がある。こうした「不純物」元素が含まれていることで、リサイクル鋼材の生産時の品質と性能が低下する。EAF技術への転換をさらに前進させるには、日本のスクラップ市場を発展させ、不純物元素による汚染を減らすことが必要となる。企業は鉄スクラップ使用量を増やすためのソリューションを策定し、また政策立案者は鉄スクラップに対する国内投資の健全化を図らなければならない。
ネットゼロの世界に反した排出削減技術
日本の鉄鋼企業は、排出削減を追求するうえでBFの改良技術の開発を喧伝してきた。日本において、最も知名度が高く代表的な技術は、COURSE50と呼ばれる技術であろう。
COURSE50は、日本の鉄鋼大手3社 (日本製鉄、JFE、神戸製鋼) が開発中の技術で、中核となるのはBFによって排出される副生ガスから回収した水素をBFに吹き込む点である。吹き込まれた水素は鉄鉱石の還元剤として機能し、主たる還元剤 (コークス用石炭) を部分的に置換する。これにより、コークスを100%使用する製鉄方法と比較して排出量を10%削減することができる。さらに、COURSE50は二酸化炭素回収・貯留 (CCS) 技術を採用しており、全体的な排出削減効果は合計で最大30%程度となる。なお、COURSE50はSuper COURSE50へと発展・強化される計画となっている30。企業はこの技術で従来のBF-BOF法による鉄鋼生産と比較して排出量を最大50%削減することができると期待しているが、先述したグリーンスチールの定義を満たすレベルまでは達していない31。
COURSE50は2008年以降開発が進められているが、その効果が実証されていない高コストの技術である。目標とされている2030年までの商業運転については見通しが不透明で、現時点の開発スケジュールでは開発開始から商業化までの期間が20年以上にわたる可能性がある32。また先述のように理論的な炭素削減効果は30%程度にとどまるうえ、その30%のうち20%はCCSに依存している。CCSは、製鋼プロセスにおいてはBFのCO2濃度の低さが問題となるほか、CCSプロセスで使われるアミンの不安定性、回収装置のエネルギー消費量の多さなどにより技術的・経済的に課題が多いと指摘される。
図5:日本製鉄のBAUに対するBF+H2統合の効果
出典: Transition Asia の分析
Transition Asiaの試算では、この新技術COURSE50を仮に君津地区のBF (日本製鉄の総生産量の約10%を占める) に統合したとしても、2026年のグループ年間排出削減量はBAU (business-as-usual、特段の施策を行わないままの状況) シナリオと比較してわずか1~2%にとどまるという結果になった。なお、この削減量は固定された最大値であり、増加することがない点に注意が必要である。結局、短期的にはともかく長期的な排出削減はBFからEAFへの転換、DRIとスクラップの同時投入、またREの利用拡大によってのみ可能ということになる。
日本におけるグリーンスチールを実現するためのその他の方法
水素製造とDRI輸入
日本政府は2023年6月、新たに改定された「水素基本戦略」を発表した33。この改訂版では、水素供給量の年間目標を2030年までに300万トン、2040年までに約1,200万トン、2050年までに約2,000万トンと設定しており、前回公表の目標から約6倍に拡大する計画で、大きな前進ではあるが、注意しなければならないのは水素の供給源だ。
日本政府は、水素の生産工程における炭素排出原単位が重要であるとの立場だが、水素の種類や、グレー、ブルーといった水素の色 (これらの「色」はその原料と製造過程、そして炭素排出原単位を示す。例えば化石燃料由来の水素はグレー水素、化石燃料由来だがCCSで排出量を抑えたものをブルー水素と呼ぶ) については明示していない34。この戦略ではグリーン水素の定義は製造時の排出量が3.4kg-CO2e/kg-H2以下のものと設定されており、この数値は各種の排出削減対策 (CCSなど) で達成することができる。ただ、この水素基本戦略自体、CCSの商業的かつ本格的な導入が2030年頃になるとみており、3.4 kgという炭素排出原単位目標の実施スケジュールについては明示されていない。
またこれらの懸念が何らかの形で解決されたとしても、高コストという課題が残っている。水素基本戦略で定められているコスト目標は以下のとおり:
– 2030年までに30円/Nm3、または334円/kg
– 2050年までに20円/Nm3、または222円/kg
(他方、業界は2050年に8円//Nm3を求めている。)
コスト面の制約に加え、水素の供給量も業界が求める量に達していない。政府は鉄鋼業界の需要を2050年で700万トンと推定し、産業界全体への供給量を2050年までに2,000万トンまで増加させる方向35だが、一方で鉄鋼業界の需要が最大2,000万トンに達する可能性があることも認識している。鉄鋼業界の主張を汲むなら、政府が目指している2,000万トンの水素供給量では鉄鋼業界の需要しか満たせないことになる。
国内での生産だけでは需要を満たすことが難しいとなると輸入が選択肢となるが、日本ではグリーン水素や他の種類の水素 (化石燃料から製造されるグレー水素など) の輸入について検討される機会はあまりなかった。主な課題として、水素ガスは体積エネルギー密度が非常に低く、効率的に貯蔵・輸送するために圧縮、液化 (-253°Cの極低温)、アンモニアへの変換 (-33°Cで液化するNH3) といった高コストでエネルギー集約型の工程が必要になることが挙げられる。世界中に拠点を有し、有利な場所を選んで生産を行える多国籍企業が市場をリードしているという鉄鋼業界の特徴を考慮すると、豊富で費用対効果の高いRE生産量と鉄鉱石資源を有する地域で生産される製品が、最も価格競争力の高い脱炭素型の鉄鋼製品ということになる。
したがって、日本の鉄鋼企業も新たなH2-DRI-EAFプラントを建設するために、日本国外や他国に目を向けざるを得なくなる可能性がある。BF-BOF法の導入で製鋼所の高度な統合が進められてきたが、これにDRIソリューションを採用する選択肢もある。他方でDRIは高温でホットブリケットアイアン (HBI:Hot Briquetted Iron) に圧縮すると、鉄鉱石と同程度のコストで貯蔵・輸送することができるので、日本の鉄鋼メーカーにも戦略的なチャンスがある。つまり、HBIの生産とEAF法による製鋼過程の分離である。この戦略ではHBIをREに恵まれた地理的に有利な国外で行い、それを輸入し日本のEAFで製品化することで、日本の需要に対応しつつ国内のEAFを拡大できるようになる36。同様のH2-DRIとEAFの地理的な分離はArcelorMittalのスペイン拠点で既に導入されており、このアプローチの戦略的なポテンシャルが高いことを示している。日本の鉄鋼企業もこの戦略にのっとれば、引き続き海外における鉄鋼事業の開発と拡大を継続しながら、国内の大型EAFに対する投資を拡大するというソリューションを現実的なビジネスオプションとして持つことが可能になる。
パート2:企業の脱炭素化に関するTransition Asiaの分析
日本の鉄鋼企業の脱炭素化とグリーンスチール市場の発展における役割
脱炭素化の計画と目標
「鉄鋼大手3社」と称される日本製鉄、JFE、神戸製鋼は、2030年までに排出量を基準年である2013年に対して30%の削減を脱炭素化目標に設定している。3社いずれも2050年までのカーボンニュートラル達成を目指して長期脱炭素化目標 (スコープ1とスコープ2を含む) を策定しており、2023年時点では日本製鉄が2030年目標を100%として61%削減。JFEは同様に2030年目標を100%として32%、神戸製鋼は38%の削減というのが3社の進捗状況である。
こうした取り組みの一方で、3社いずれも科学的根拠に基づく目標を採用しておらず、「科学的根拠に基づく目標イニシアティブ (SBTi)」にも加盟していない。また、ネットゼロ目標ではなく、急速に時代遅れの概念になりつつある「カーボンニュートラル」を重視して取り組んでいる。同様に、3社の目標は依然としてIPCC 第6次評価報告書にある1.5°C目標に整合していない。各社の目標を最新の気候科学に整合させる余地がまだあるということだ。こうした目標設定は鉄鋼業界が共同で取ってきた炭素排出量削減に係る取り組みの結果であるが、その進捗率にはばらつきがあり、1.5°C目標を達成するために必要な技術との整合性を強化する十分な余地がある。
表2: 日本の鉄鋼企業による気候変動に対する取り組み、目標、進捗率
指標 | 日本製鉄 | JFE | 神戸製鋼 |
3社の排出削減目標:
日本製鉄37 JFE38 神戸製鋼39 |
目標年度:2030年
スコープ:スコープ1、スコープ2 基準年:2013年 削減率:30% カーボンニュートラル達成目標年度:2050年 |
||
2030年目標に対する現在の進捗率40 | 61% | 32% | 38% |
科学的根拠に基づく目標 / SBTi加盟件数41 | なし | ||
ネットゼロ目標 | なし | ||
IPCC AR6 1.5°C目標 | なし |
鉄鋼大手3社が公表している脱炭素化計画では、グリーンスチールの生産に向けた脱炭素化対策は非常に限られている42 43 44。排出削減対策のほとんどは2030年以降の導入になるとみられており、現時点では生産能力をEAFやH2-DRIに転換するよりも、既存のBFによる排出量を削減し、BFの改修を継続することに焦点が当てられている。前述したとおり、BFによる生産を維持するのであれば、排出削減量は非常に限定的になる。
JFE、神戸製鋼、日本製鉄は2030年までの排出削減については主にBFの効率を向上させつつ、漸進的な変化を起こそうとしているようだ。こうした取り組みには、BFの効率向上に加えて、コークス用石炭からバイオマスへの移行、BFへの投入物としてのHBIの導入、BF-BOF法でのスクラップ利用増などが含まれ、従来の鉄鋼生産工程に伴う炭素排出量の削減を目的としている。
2030年以降を見越すと、3社とも排出削減を促進するための戦略は示している。例えば、日本製鉄は本書のパート1で述べたとおり、COURSE50技術の導入を計画中だ45。しかし、この技術は2008年以降開発が進められているものの、大規模な試験の開始については見通しが不透明で、本格的な導入スケジュールや必要なCAPEX(設備投資額)についても具体的なめどが立つところまでは至っていない。
一方、JFEは、2030年の運用開始が計画されているBF用炭素回収リサイクル技術に大きな期待を寄せている。これは排出される炭素を回収・リサイクルするための技術で、鋼材1トン当たり最大20%の削減が可能とされる。BFの排出削減を主目的とする短期的なソリューションと言える。
また、神戸製鋼はBFで「低炭素」製品を生産し、運転効率を向上するために人工知能の利用を検討することで排出量を削減する最小限の対策を講じているが、排出削減量に関する詳細な見通しについてはほとんど公表されていない。
こうした取り組みのほか、鉄鋼大手3社は大型EAFを生産工程に組み込み、RE 由来水素を使用したH2-DRIの使用に移行していく計画だが、上述した技術だけでは2030年以降に生産される鉄鋼製品の大半において、排出量削減に対する貢献度は小さいと見込まれる。
RE由来水素を使用したH2-DRIはすでにスウェーデンで商用化されている。またEAF法による鉄鋼生産は十分に確立された技術で、排出効率に優れていることは周知の事実である。ではなぜ、日本の鉄鋼大手はH2-DRIやEAFといった技術ではなく、その効果が実証されておらず、1.5°C目標に整合しないおそれがある技術に投資しているのだろうか。
開示された企業目標と1.5°C目標達成経路との炭素排出原単位の大きなギャップ
Transition Asiaの分析では、2019年から2021年までの実際のデータと2022年から2030年までの予測データを組み合わせて、鉄鋼生産時の排出量を導出した。具体的には、2022年から2030年までの排出量は開示されている2022年の排出量目標から導き、2030年の企業目標年度まで直線的に減少するという前提でモデリングした。炭素排出原単位は、鉄鋼生産量に対する鉄鋼生産時の排出量の比率として定義する。鉄鋼生産量については、2019年から2021年までのデータと2022年から2030年までの予測データを同様に組み合わせて導き出した。2022年から2030年までの鉄鋼生産量予測については、開示された企業の生産計画を参照した。データが開示されていない場合は、生産量を一律に想定した。
図6:鉄鋼大手3社の開示された目標と1.5°C目標達成経路との炭素排出原単位のギャップ (ギャップ%)
出典:Transition Asia の分析
この鉄鋼大手3社に関する分析では、各企業の炭素排出原単位の推移をプロット・予測した。この分析の結果、現在世界的な気候変動対策の基礎となっている1.5°C目標との重大な不整合が明らかになった。各社の目標や戦略では、3社いずれも1.5°C目標を達成するために求められる排出量を維持できていない。
この不整合の程度を検証すると、ギャップが最大なのは日本製鉄である。排出原単位も2030年の1.5°C目標を超過する (107%) とみられる。JFEのギャップは69%で、神戸製鋼も要求される1.5°Cの排出原単位から65%逸脱している。
3社いずれも鉄鋼の減産計画を公表しているが、Transition Asiaの分析によると現在の取り組みでは不十分である。実際、今回の分析では、各社の排出量を1.5°C目標達成ラインに整合させるには生産時の排出量を2030年までにほぼ半減させる必要がある(対2019年比)。
3社の講じている措置は1.5°C目標達成ラインへの整合(2030年までに)に求められる対策と明らかに合致していない。さらに、2030年以降の目標や、2050年までにネットゼロエミッション達成という究極の目標を達成するための準備も整っていないおそれがあるという懸念も出てきた。この重大局面を乗り切るためには、鉄鋼大手3社が取り組みを強化し、効果が既に実証された技術の導入を検討し、併せてバリューチェーン全体のステークホルダーと幅広く協力する必要がある。
鉄鋼大手3社の2030年から2050年までの排出総量削減
この分析では、2030年から2050年までの鉄鋼大手3社の排出総量削減について包括的な見解を示した。ここでは現時点で計画中の技術による予想排出削減量を取りまとめた「現行政策維持シナリオ」をTransition Asiaの予測に基づいてモデル化している。また、COURSE50や大型EAFのような技術の導入とその拡大ペースについては、各社が示した技術導入スケジュールに合わせた。各技術による鉄鋼生産量の割合に関して具体的な情報がない場合は、諸条件を考慮して計算した。
1.5°C目標達成ラインについては、大幅な排出削減が可能で実証済みの技術を基本としつつ、既に述べたような、各社が計画中ではあるが「ニアゼロエミッションスチール」の生産を達成できない可能性がある技術も組み込んでいる。このシナリオでは、鉄鋼生産時の排出量を企業の情報開示と最新のIPCC気候科学から導き出される「企業のカーボンバジェット」の範囲内に収めるようにした。排出量の計算に用いる鉄鋼生産量に関する予測については、いずれのシナリオでも一律である。
図7 (日本製鉄)、図8 (JFE)、図9(神戸製鋼)、図10(鉄鋼大手3社): 2019年から2050年までの排出削減ライン (100万tCO2)
出典:Transition Asia の分析
すべての排出削減ラインが、2050年が近づくにつれて各企業の排出量が大幅に減少することを示している。この期間に投入され始めると思われる技術 (水素混焼や大型EAFなど) の発展によるものである。なお、ここでは2019年から2030年までに見込まれる減産の影響も考慮している。
各社とも開発中の排出量削減技術を少なくとも1つ有しており、日本製鉄は主にCOURSE50、JFEは主にカーボンリサイクル+CCU、神戸製鋼は主にBFへのHBI投入を重視している。この3つの技術はすべてBF法によるものであり、日本の鉄鋼大手3社が所有する製鉄設備が基本的にBFで占められていることを反映している。他方、従来のBF-BOFルート以外の製鋼法はスクラップ-EAF法またはDRI/HBI-EAF法であるため、3社は厳しい状況に直面している。注目すべき点としては、神戸製鋼がDRIを生産するMidrexプロセス技術を保有する立場を利用し、日本におけるHBIサプライチェーンを構築中である。
鉄鋼大手3社の「現行政策維持シナリオ」は、1.5°C目標達成ラインから大きく外れて推移しており、2019年から2050年までの総排出量が各社のカーボンバジェットを8億2,100万tCO2 (日本製鉄)、5億2,700万tCO2 (JFE)、1億3,700万tCO2 (神戸製鋼) 超過することを示している。現在採用されている技術や計画されている技術が必要な排出削減を実現するレベルに全く達していないことを示すもう1つの証左である。
Transition Asiaの分析による各社の1.5°Cシナリオは、IPCC 1.5°Cカーボンバジェットの範囲内で排出量予測を行い、また排出削減効果が実証済みの技術を使用しつつ鉄鋼生産を安定させる方法をモデル化したものである。ここで想定した主要因は、耐用年数 (約20年) が経過したBFの改修ではなく廃止と、EAFへの置き換えである。
Transition Asiaのシナリオには、鉄鋼大手3社が開発中の排出削減技術も組み込まれているが、こうした技術では求められる排出削減を実現できない。したがってこれらの技術をモデルに組み込む割合を1.5°Cカーボンバジェットで許される範囲内で増やしつつ、2050年までの排出量を計算する際にはその割合を大幅に減少させた。またモデル内でBFを段階的に削減していく際には、BFに関連する排出削減技術 (炭素回収リサイクルなど) も同時に削減するものとした。
EAFに供給される電力由来の排出については、送電網排出係数からゼロエミッションRE (風力、太陽光など) に徐々に移行させた。EAFは、ゼロエミッションのH2-DRI/HBIまたは鉄スクラップを投入できるものとして組み込んでいる。このモデルでは、EAFに鉄や鋼鉄の一種を投入し、EAFでニアゼロエミッションを達成できると想定している。
ここでは鉄鋼大手3社が提案する各種技術がどの程度1.5°C目標達成に貢献するかを評価するとともに、各技術が各社の排出量を1.5°C目標達成ラインに整合させる上でどのように貢献するかを経時的にモデル化した。COURSE50とカーボンリサイクル+CCUは鉄鋼大手3社の技術計画に組み込まれているが、両技術は1.5°C目標との整合性を維持するためには相当早いペースでフェーズアウトされることになる。
COURSE50の利用率は2035年までに最高レベルに達すると見込まれる。しかし、この時点以降、この技術による鉄鋼生産量の割合は徐々に減少する。1.5°Cバジェット目標を達成するために必要なBFのフェーズアウトに整合させるためである。同様に、カーボンリサイクル+CCUの利用率は2040年までに最高レベルに達すると予測されるが、以降、この技術は1.5°C目標達成ラインに沿って急減させる必要がある。
表3:1.5°C目標達成経路:2050年と比較したさまざまな技術変革による炭素削減効果スケジュール
技術変革 | 2031年 | 2035年 | 2040年 | 2045年 | 2050年 |
COURSE5046 | 11.2% | 15.1% | 13.2% | 0.8% | 1.0% |
カーボンリサイクルBF + CCU | 3.1% | 4.9% | 5.7% | 1.3% | 1.7% |
グリッドEAF | 46.2% | 4.2% | 0% | 0% | 0% |
RE EAF47 | 39.5% | 75.7% | 81.1% | 97.9% | 97.2% |
代わりにEAFが急速に拡大し、2050年まで鉄鋼大手3社の鉄鋼生産において主流となる。RE由来電力は2035年までにはEAFの主な動力源となる見込みで、これは企業によるEAFの導入が予想されることと、日本におけるREの均等化発電原価 (LCOE) が低下していくためである。EAFへの投入物は、REベースのH2-DRI/HBIまたはスクラップから供給される完全なゼロエミッション型であると想定している。
現在から2050年までの分析では、EAFによる総生産量は10億1,000万tに達する見込みとなった。2030年までは、1年当たり300 tLSの生産能力を有する10基の大型EAFが生産を担う想定だ。2050年までには、同程度の生産能力を有するEAFが23基に増える。
図11:2030年から2050年までの各種技術の炭素削減効果
出典:Transition Asia の分析
上述したように、1.5°C目標達成ラインには各社の脱炭素化技術計画が組み込まれているが、各技術の炭素削減効果を分析すると、EAF法以外によるCO2削減は2019年から2050年までの総削減量のうちわずか8%にすぎない。にもかかわらず、なぜ鉄鋼大手3社のうち特にJFEと日本製鉄は、効果が実証されていない技術を商業規模で導入するために多額の投資を行っているのだろうか。こうした技術は、計画通りに商業規模で運用開始できるようになったとしても、設計上、1.5°C目標達成ラインに沿って大規模に運用するのに必要なレベルの排出量削減、もしくはそれに近い排出量削減は達成できない。日本鉄鋼業界の脱炭素化に向けて、現時点で技術的に実現可能性が高い唯一の方法がEAFであることは明らかである。
スクラップ市場は堅調で、スクラップベースのEAF法による鉄鋼は従来のBF-BOF法による鉄鋼よりもコスト面で優位である。他方で鉄鋼大手3社ではEAF法による製鉄設備の導入や、効率的なスクラップ利用、HBのIサプライチェーンを確立する動きなどが進んでいない。注目すべき点としては、神戸製鋼がMidrexプラントのグローバルネットワークに投資し、HBI輸入サプライチェーンの構築に着手している。現在、このHBIはBFで使用されており、排出削減量は漸増しているが、他の鉄鋼企業特にDRIベースの製鉄設備に関する専門知識やネットワークを保有していない鉄鋼企業に対して競争優位に立つには、EAF法へ転換するほうが可能性は高い。
結論
本分析では、日本の鉄鋼業界がいかにしてニアゼロエミッションへ移行すべきか、という点を概説し、移行を鈍化させている要因、企業が講じている現在の対策、成長市場で競争力を維持するための解決策を示した。
世界的にカーボンバジェットの上限が見直される傾向にあることを考慮すると、低排出ビジネスへの移行に向けた企業・政府の役割と責任は、以前にも増して重要になっている。高排出産業である鉄鋼分野は、その脱炭素化が他の分野にも広範な効果を及ぼすことから、ネットゼロエミッションを目指し排出量を1.5°Cカーボンバジェットの範囲内に収めることは企業にとっても国にとっても極めて重要である。日本の鉄鋼分野には、必要な移行を推進するための技術的能力と成熟度が備わっている。
鉄鋼大手3社が公表している計画と方針に関するTransition Asiaの分析によると、各社いずれも2019年から2050年までに1.5°Cカーボンバジェットを大幅に超過する。大型EAFを生産ミックスに統合するための措置を講じなければ、BF法による鉄鋼生産に過度に依存し続けることになり、カーボンバジェットを超過するほどに排出量が固定化されるためである。高炉の改修は、こうした資産をフェーズアウトさせていく計画とともに、近い将来に中止する必要がある。
国内におけるRE調達とスクラップ供給の必要性はこれからも伸びていく。したがって産業界と日本政府の協力が必要である。企業はPPAを締結しRE電力を確保する上で積極的な役割を果たし、REへの移行を促進するよう政府に働きかける必要もある。同時に、政府は現在の計画を大きく上回るペースでREを供給し、EAFへの移行を進め、国内スクラップ市場を活性化させなければならない。
文末脚注
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- SuperCOURSE50 is not considered in TA’s 1.5°C Roadmap, because at the time of writing it was scheduled to be implemented around 2050, when BF’s are phased out. Nippon Steel has now moved this date forward to 2040.
- H2-DRI route is included in the RE EAF route.
用語集
鉄鋼大手3社 – 日本製鉄、JFE、神戸製鋼
BF – 高炉
BOF – 酸素高炉
DRI – 直接還元鉄
EAF – 電気アーク炉
H2 – 水素
HBI – ホットブリケットアイアン
IEA – 国際エネルギー機関
LCOE – 均等化発電原価
METI- 経済産業省
PPA – 電力購入契約
RE – 再生可能エネルギー
作者
久保川 健太、日本アナリスト
ローレン・ヒューレット、プログラムマネージャー兼投資主担当