世界中の鉄鋼産業が排出する温室効果ガスは世界全体の7%以上、CO₂排出量では11%以上を占める。世界の鉄鋼生産の半分以上を担うのが中国である。再生可能エネルギーや脱炭素電力で生産されたグリーン水素を利用する水素直接還元鉄 (H2-DRI) 法は、鉄鋼部門における大幅な排出削減や、グリーンな鉄鋼生産への転換を実現に導くものである。グリーン水素直接還元鉄‐電炉 (H₂-DRI-EAF)法の導入には、水素価格とカーボンプライシング・メカニズムが影響するため、各国独自の問題について検討が必要である。今回の分析では、中国を含む鉄鋼分野主要7カ国・地域におけるH₂-DRI-EAFのコストを、従来の高炉‐転炉 (BF-BOF) 法や天然ガスによる直接還元鉄‐電炉 (NG-DRI-EAF) 法と比較して、評価する。

グリーンスチールプレミアム：中国における水素価格と炭素価格

カーボンプライシングを除いて計算すると、中国におけるグリーン水素直接還元鉄‐電炉（H₂-DRI-EAF）法のコストは、高炉‐転炉（BF-BOF）法や天然ガスを用いた直接還元鉄‐電炉（NG-DRI-EAF）法よりも高い。NG-DRI-EAFのコストと均衡させるには水素価格を約2ドル/kg、BF-BOFと同等のコストを目指すとすると約1.4ドル/kgまで下げる必要がある。

他方、カーボンプライシングを導入し、その炭素価格を15ドル/トンとすると、コストが均衡するポイントは変わってくる。この炭素価格で水素価格を1.0ドル/kgとした場合、グリーンH2-DRI-EAF法による生産コストは491ドル/トンで、BF-BOF法の539ドル/トンを下回り、グリーン鉄を採用するに十分な経済的インセンティブを示す。このコストメリットは炭素価格が30ドル/トンになるとさらに顕著になり、グリーンH₂-DRI-EAF法のLCOSをBF-BOF法と均衡させようとすると、水素価格は2.2ドル/kgでよい。炭素価格が50ドル/トンに上昇すると、グリーンH₂-DRI-EAF法の競争力はさらに高まり、水素価格が2.8ドル/kgを超える程度でもBF-BOF法と同等のコストになる。

グリーンスチールが有する炭素強度（carbonintensity,単位量当たり排出量）は従来の鉄鋼に比べてかなり低い。この分析では、グリーンスチール技術のコスト面における実現性を高め、その導入を促す上で、カーボンプライシングが重要な役割を果たすことを強調した。また、グリーンH₂-DRI-EAFのプラントからは炭素クレジットが生まれる。これを売却できるようになれば、グリーン水素生産にかかるコストを緩和することもできるため、より速やかな技術導入が可能になる。

グリースチールプレミアムが自動車価格に与える影響

自動車産業が世界の鉄鋼需要に占める割合は12%で、グリーンH₂-DRI-EAFスチールを使用することによる追加コストはグリーンプレミアムと呼ばれる。これについては様々な研究があり、自動車価格全体への影響は最小限であること、そして最も早くグリーンスチール調達に動くのは自動車産業であるとされる。中国の場合、水素価格が5ドル/kgと仮定すると、従来のBF-BOF法と比較して、H2-DRI-EAF法で生産された鋼材のグリーンプレミアムは約225ドル/トンになる。乗用車に使用される鋼材は平均0.9トンなので、乗用車1台あたりでは約203ドルの追加コストが発生することになるが、これは中国の乗用車平均価格(2万2,000ドル)に対して1%未満にとどまり、乗用車価格とマーケットの安定性は十分に維持できる。今後に関する予測では水素価格が1.4ドル/kgまで低下する可能性もあり、この場合グリーンプレミアムは事実上ゼロ、H₂-DRI-EAF法によるグリーンスチールは従来法で生産された鉄鋼とコスト面ではほぼ同じポジションを占め得る。また、H₂-DRI-EAFスチールのグリーンプレミアムは、カーボンプライシングやクレジットの導入によってさらに大幅に低下することもあり得る。

グリーンスチールプレミアムがビル建設コストに与える影響

世界の鉄鋼需要の52%は建設業(建物・インフラ)で占められている。中国における建設においては、H₂-DRI-EAF法で製造されたグリーンスチールを導入することによる経済的影響はごくわずかであると考えられる。グリーンスチールを使用した場合、水素価格をキロ当たり5ドルとすると、鋼材にかかる追加コストは１トンあたり約225ドル。50m²の住宅用建物1戸になおすと約563ドルのコスト上昇となる(中低層住宅1m²当たり50kgの鋼材使用を想定)。これは、住宅建築にかかる総費用でみるとごく一部である。さらに、将来的に水素コストが下がるか、あるいはカーボンプライシングが導入されれば、グリーンプレミアムは縮小するか、ゼロになる可能性さえある。グリーンH₂-DRI-EAFは、中国の建設業にとってコスト的に十分現実的な選択肢となる。

グリーンスチールプレミアムが造船コストに与える影響

世界の造船業では、中国、韓国、日本の上位3カ国が90%以上のシェアを独占している。グリーンH₂-DRI-EAF法による鉄鋼を造船に使用すると、コストはわずかではあるが上がる。世界には多くの船種があるが、今回の研究では世界中で毎年大量に造られているばら積み船に焦点を絞る。例えば、平均的とされる載荷重量4万トン (40,000 DWT) のばら積み船を建造する場合、約13,200トンの鋼材が必要となる。グリーンH₂-DRI-EAF法による鉄鋼を水素価格5ドル/kgとして中国でこの種の船を建造したとすると、追加コストは1隻あたり約300万米ドルとなる。載貨重量4万トンのばら積み船を新造するコストが平均3,000万ドル以上であることを踏まえると、グリーンスチールプレミアムは総コストの10%以下にとどまる。

自動車や建築物に比べ、造船の総工費に占めるグリーンスチールプレミアムが相対的に高い理由は、建造時に必要なマテリアルに占める鉄鋼の割合が高いからである。将来的には水素価格の低下が予測されており、それに伴ってグリーンプレミアムが小さくなり、グリーンH₂-DRI-EAF法のコストが、従来のBF-BOF法にかかるコストとほぼ同程度になることもあり得る。さらに、カーボンプライシングの導入により、グリーンプレミアムがさらに縮小し、 海運セクターでもどの鉄鋼を採用するかを勘案するにあたって、コスト面でグリーンH₂-DRI-EAFスチールの魅力が高まる可能性も考えられる。

提言

H₂-DRI製鉄への移行に必要とされる資金調達においては、金融リスクを軽減する官民双方の投資が求められる。

政府：

• グリーン水素の生産をコスト的に現実的なものとするため、税制上の優遇措置やその他のインセンティブを導入する。
• グリーン水素の生産、輸送、貯蔵コストを下げるための研究開発とインフラに投資する。
• 市場の需要を喚起するため、公共調達においてグリーンスチールを優先する政策を実施する。
• 鉄鋼セクターを炭素取引市場に参入させ、カーボンプライシング・メカニズムを活用して具体的な低炭素アクションへの移行を図る。

鉄鋼企業 ：

• 安定した水素供給を実現できる信頼性の高いパートナーシップを構築し、従来のBF-BOF法からグリーンH₂-DRI法への移行を図る。
• グリーンH₂-DRIの実現性と利点の実証を目的として、全業界規模のパイロット・プロジェクトに取り組む。
• 主要な最終消費企業・業界と長期供給契約を締結して需要を確保し、グリーンプレミアムを分担する。

自動車メーカー及び建設企業 ：

• グリーンスチールを調達戦略に取り入れ、その需要を推進し、グリーンプレミアムを分担する。
• 気候、環境、健康に配慮したグリーンスチールの利点を広くPRし、市場におけるポジショニングを強化する。
• 環境に配慮した企業調達を行い、気候変動に対する意識が高い顧客に対応する。

造船・海運企業 ：

• U官民の調達戦略を活用し、業界におけるグリーンスチールの導入を促進する。
• グリーンH₂-DRIを生産する鉄鋼メーカーとの強固なサプライチェーンを確立し、対グリーンスチール需要を安定させる。
• 国の政策や企業間の協定を通じて、幅広い場面でのグリーンスチール導入を促し、グリーンプレミアムを抑制
  する。