解説:鉄鋼業界における炭素回収と高炉の排出削減
はじめに
炭素回収はもともと、主に石油・ガス産業で利用するために開発された技術で、50年ほど前に初めて商業化が試みられた。近年では、カーボンフットプリントが高い他の産業 (発電、製鉄、セメントなど) でも大きな注目を集めている。既存設備に二酸化炭素 (CO2) を回収する装置を導入すれば、歴史的に汚染性が高いとされてきた技術であってもそれを大きく転換させる必要がなくなるという期待がある。
本レポートでは鉄鋼業界における炭素回収に目を向けるが、ここで留意すべきは、現時点で商業的に操業可能な炭素回収プロジェクトは世界の鉄鋼業全体でも2つしかなく、そのCO2回収量は全世界で稼働する他の炭素回収プロジェクトも合わせた能力のうち1%にとどまるという点である(IEAのCCUS Projects Databaseによる)。1さらに、世界の総排出量のうち7~9%が鉄鋼業からのものであるにもかかわらず、今後20年間を見通してみても、鉄鋼業において計画されている炭素回収プロジェクトはごく限られていて、その回収能力は全ての炭素回収プロジェクトの0.5%にしかならない。また、高炉-転炉 (BF-BOF) 製鉄設備で計画されているCCSプロジェクトは1件のみであるのに対し、水素 (H2) の利活用や水素直接還元鉄 (H2-DRI) プロジェクトは2030年までに着手される予定であると公表されているものだけを見ても、少なくとも76件ある。2
こうした状況ではあるが、一部の鉄鋼会社は2050年までにネット・ゼロを達成するためとして、将来的にこの炭素回収技術に頼っていく方針を示している。さらに、各鉄鋼企業の脱炭素化に関するロードマップを見てみると、一貫してCCS技術が業界の脱炭素化において重要な役割を果たすと盛り込まれている。また、H2-DRIのような化石燃料を使用しない新たな一次製鋼プロセスについては、CCSに比べると全体として脱炭素化ロードマップに盛り込まれるケースが少ない。3一因としてはH2-DRIに関するデータがまだ限られていることが指摘されていて、結果的に脱炭素にかかる全体的なコストや対CCS需要が過大評価されている可能性が高い。
鉄鋼生産において最も普及しているのはBF-BOFだが、これは極めて炭素集約的な技術である。本レポートでは特に、BF-BOF一貫製鉄所における炭素回収技術が直面する様々な障害・障壁について論じていく。炭素の回収、輸送、貯蔵というCCSプロセスの各段階は比較的独立していて、それぞれ異なる場所で行われ、それぞれ特有のプロセスや技術的ボトルネックがある。鉄鋼業の場合、プロセスの一部だけを効果的に脱炭素化する炭素回収技術を開発するとなると、一貫製鉄所が直面する特有の課題がある。本レポートでは、BF-BOF+炭素回収の技術的な成熟度についても論じ、世界各国で既に本格的な投資が行われている他の脱炭素化オプションと比較する。
なお、炭素回収が気候変動の有用な緩和策として現実化されるためには、CO2の輸送と貯蔵に関する技術、それに伴う排出、必要なエネルギー、コスト上の課題などに関する考察が必要だが、本レポートでは触れない。CO2のスムーズで確実な輸送、また事実上満杯になることはないとされる貯留については、現在のところ楽観的で実証されていない仮定であり、それぞれ別個の調査・分析・解説が必要である。
CCSのコスト、効率、導入について理論化した学術研究は数多くあるのだが、BF-BOFにおける大規模な炭素回収・貯留プロジェクトにはこれまでに完了したものがない。したがって現時点では関連パラメータの具体的な情報が限られているので、この解説では気候変動の「緩和」の枠内でこの技術を評価していることを強調しておく。今回は特に、IEAのリサーチプログラムIEAGHGによるIron and Steel CCS Studyに依拠した(BF-BOF製鉄所での炭素回収導入に関しては最も包括的な研究とされる)。4またBF-BOF製鉄所における炭素回収のみを取り上げ、CO2の輸送と貯留が有する他の課題については触れないこととする。
配置、規模、ガス回収に係る技術的複雑性
まず、全ての炭素回収技術群の中で最も成熟している燃焼後回収技術にフォーカスしてみたい。化学吸収剤を利用した燃焼後回収技術は様々な産業で実用化されつつあるが、まだパイロット段階ではなく研究開発段階にある。とはいえ鉄鋼業界にとっては最も技術的に成熟している選択肢である。ケミカルルーピングや、酸素燃焼、予備燃焼など、他で検討されている回収技術は本レポートでは対象外とする。5
燃焼後技術であるかないかを問わず、CCSを困難にしているのはBF-BOFプロセスの複雑さである。一貫製鉄所では通常、発電設備、焼結工場、コークス炉といった主たる生産過程から大量の排出がなされる。しかし、製鉄所の構成は立地条件によって異なるため、様々なロケーションに合うモジュールタイプの炭素回収システムを開発することは難しい。設計の複雑さに加えて大規模なカスタマイズが必要とされることから、技術的な障壁が高く、普及が進んでいない。6広大な土地にまたがる製鉄所では、煙道の数、すなわち排ガスを大気中に排出する煙突の数も多い。全ての煙道ガスを捕捉するには製鉄所全体で相互接続された数十基のユニットが必要となり、導入規模は極めて大きくなるため、事実上、生産設備全体の耐用期間において最も大きな改修プロジェクトとなる。
プロセスや規模は千差万別だが、いずれにしても万能な技術は存在しない。7炭素回収プラントの設計、吸収剤の選定、熱エネルギーに関する要件も、それぞれの排出ガスの組成に最適化した異なるものとなる。製鉄所の煙道ガス中のCO2濃度は石炭や天然ガスを燃料とする発電所の煙道ガスに比べて高いが、窒素 (N2)、一酸化炭素 (CO)、メタン (CH4)、水素 (H2) といった多様な種類のガスが含まれ、排出源が異なれば濃度も異なる。これが鉄鋼業で炭素回収を行う場合の有効性において大きな課題となっている。8
表1. BF-BOFプロセスにおける各種煙道ガス中のCO2およびその他のガス濃度の違い9
熱間圧延機 | 熱風炉 | 発電所 | コークス炉煙突 | |
CO2 (Vol%) | 1.9 | 13.9 | 14 | 22 |
CO (mg/m3) | 22 | 38 | <3 | 0.18% |
O2 (Vol%) | 0.17 | 0.092 | 0.076 | 0.035 |
NOX (mg/m3) | 152 | 87 | 168 | 300 |
SOX mg/m3 | 171 | 229 | 300 | 200 |
VOC mg/m3 | 0.14 | 0.039 | 0.43 | – |
PM10 mg/m3 | 6.7 | NR | 3.3 | NR |
CCS ≠ 完璧な脱炭素化ソリューション。成果が期待に及ばないことも多い
炭素回収技術による排出削減量が用途によって異なるのは当然で、炭素回収技術の回収率は、通常はCO2濃度が高い排出源に導入されたものの方が高くなる。他方、一般論としては、図1に挙げたIEEFAの分析が示すとおり、技術的・経済的な課題があり、炭素回収プロジェクトは期待される回収率を下回っている。このような背景から、鉄鋼業界では炭素回収技術の排出削減能力に対して弱気な見方が多い。
出典:IEEFA https://ieefa.org/ccs
BF-BOFから出る排出の大部分は通常、石炭や副生ガスを利用する自家発電設備やコジェネ発電設備に起因する。こうした発電設備の煙道CO2濃度は比較的低い。これは石炭火力発電所と同じである。そこで石炭火力発電所における炭素ガス回収プロジェクトの実情を見てみると、成功例は今のところあまりなく、製鉄所におけるプロジェクトにも懐疑的にならざるを得ない。10また一貫製鉄所では炭素回収技術を用いたCO2排出削減が技術的に複雑になることも併せて考えた場合、炭素回収プロジェクトの道行きが世界的に思わしくない中、鉄鋼業界ではよい結果が得られるとみるのは難しい。
図2. 炭素回収による排出削減可能量:BF-BOF一貫製鉄所の場合11
加えて、アナリストらは炭素回収技術による脱炭素化については既にハードルを低く設定している。一般的なBF-BOFの排出原単位は2.1 tCO2/t(粗鋼生産1トンあたりCO2を2.1トン排出する)だが、複数の研究によると、燃焼後炭素回収技術を利用したケースでは理論的には46~60%の排出削減率となることが明らかになっている。12 13 14ただし、BF-BOFにおける回収効率に関してはまだ大規模な導入が行われておらず、実証データがないため、あくまで机上の計算にとどまる。
一貫製鉄所では、CO2のほとんどはBFで発生するが、さまざまな可燃性ガスとの反応によっても生成される。生産効率を最大限に高めるため、このようなガスはBFから直接排出されるのではなく、製鉄所内の発電設備(BF以外の他のプロセスで使われる電力を供給する)に送られ燃やされる。したがって、BF-BOFから出るCO2の大部分は、高炉の煙道ではなく、発電設備の煙道から排出される。排出量を効果的に削減するためには、発電設備、熱風炉、焼結工場など、工場内で最も排出が多い発生源を優先的にカバーしなければならない。しかし、排出源が細分化されているので、単一の技術です全ての排出を回収することは非現実的である。一貫製鉄所は排出源を多く有し、その数は時に10~20にもなる。排出を効果的に削減しネット・ゼロ目標のラインに乗るためには、多様な炭素回収技術をうまく統合することが必要になる。しかもその回収技術が高い効率で稼働し続けることも必須である。
炭素回収技術は上流から排出される他の温室効果ガスには対応できない
鉄鋼業界における排出フットプリントは主に石炭の利用によるが、全体の排出はもちろんBF-BOFプロセスで使われる石炭のみに起因するものではない。Responsible Steelをはじめとするグローバルスタンダードでは、炭素原単位に上流の排出量も算入するよう要求される。15 16
原料炭の生産に伴うメタンの排出量は、採掘が深度のあるところで行われるため特に多くなる。石炭採掘から排出されるメタンの量は、一国の温室効果ガス排出量に匹敵し、原料炭に関係する全世界のメタン排出量は、ドイツやカナダといった国々の排出量を上回ると推定されている。17したがって石炭採掘によるメタンの逸散排出量も計算に入れるとすると、BF-BOFによる鉄鋼生産に伴う排出量は大幅に増加する可能性がある。
IEAのGlobal Methane Emission Trackerによれば、原料炭の採掘に使われる排出原単位は国によって異なる。18例えばオーストラリアの5.4 kgCH4/tからロシアの22.4 kgCH4/tのように、幅がある。100年間でみたときの地球温暖化係数 (GWP) がメタンの場合28 tCO2/tで、粗鋼生産1tあたりに消費される原料炭の平均量が約700kgであることを基に計算すると、採掘工程からBF-BOF工程に加わる逸散排出量 (tCO2e) は、0.1~0.44 tCO2e/tLSとなる。鉄鋼1t当たりの排出量ではCO2eで5~21%の増加に相当する。19なお廃鉱山から排出されるメタンはこれら原単位に算入されていないが、全体的な排出量でみたときには大きな要因となっている可能性もある。20
また、炭素回収装置のエネルギー源には再生可能エネルギー由来電力を使わないと、炭素回収とCO2圧縮のためにさらに化石燃料由来エネルギーが必要となり、かえって排出量が増加するおそれがある点にも留意すべきである。21
CCSにも再生可能エネルギーが必要
CO2の圧縮に必要な追加の電気エネルギーは通常、補助的なエネルギー源によって賄われるが、これもまた製鉄所の石炭火力自家発電設備から供給される場合が多い。その結果、一次エネルギー消費量は、炭素を回収しない製鉄所と比較して大幅に増加する。
CCSは、それ自体が複雑なエンジニアリングと大量のエネルギー供給を必要とする簡単ではないプロセスである。必要なエネルギーの理論的な値は全体で1.0~5.6GJ/tCO2とされる。粗鋼生産1tあたりに直すと約21GJのエネルギーが要求されることになるが、これは生産工程からの排出を全て削減しようとした場合、必要なエネルギー量が10%~54%増加することを意味する。22 23全排出量を回収することは考えにくいので、実現性が比較的高いレンジとして回収率を46%~60%とすると、必要なエネルギー量は5%~27%増加する、というあたりが現実的な数値であろう。一般的に製鉄所内の発電設備が必要とするエネルギー量は3.89GJ/tCO2とされるが24、同様の煙道ガスが生じる石炭火力発電所で炭素を回収する場合、必要なエネルギーは先に述べたレンジの高い方になる可能性が高いと思われる。
炭素回収インフラは追加的に要するエネルギー量が多くなるので、炭素回収の一般的なケースでは、IEAGHGが公表しているケーススタディにあるように天然ガスをはじめとする追加のエネルギー源から電力を供給する必要がある。しかし、製鉄プロセスにおいては、自家発電設備や一般の送電網といった既存の電力源に頼るケースが多くなると予想される。この場合、粗鋼生産単位あたりのエネルギー原単位は上昇する。石炭火力発電では炭素回収を組み込むと20%~30%の出力ロスが発生するため、製鉄所内の発電設備は稼働率を低く抑えて運転するか、追加電力を外部から調達する必要がある。25間接的な排出量の増加を緩和するには、自家発電や送電網によって供給される再エネ由来電力が、アクセスの面でも規模(量)の面でも十分に確保されていることが条件となる。製鉄所における炭素回収の削減ポテンシャルが限定的であることを考えると、再エネ由来電力を炭素回収以外のプロセスでもうまく利用して、より効率的でより多くの排出削減を実現する方法もある。
技術的な成熟度は他の脱炭素・排出削減ソリューションと比べて低い
他のソリューションと比べると、炭素回収技術はまだ開発と導入の両面で遅れている。CAPEXとOPEX、双方に関連するコストは、まだ研究段階もしくはパイロットプロジェクト段階にあったり、あるいはまったくの未知数である。また、排出削減ポテンシャルでみた場合、表2に示したように、他の確立した技術よりも炭素回収による削減ポテンシャルの方が低くなっている。さらに炭素回収の信頼性に大きな障害をもたらしているのが上流の課題、すなわち原料炭の採掘に伴う排出をどう扱うかという問題である。原料炭が使われるまさにその現場での炭素回収は可能だとしても、採掘段階での排出は炭素回収技術ではカバーできない。それだけでなく、下流にも課題がある。つまり回収した炭素の輸送・貯留に係る問題である。これは特に重大で、地理的・地質的要因によって障壁の性質が大きく異なる。
炭素回収はその歴史を通じて操業上の問題に直面してきた。鉄鋼業界だけでなく、他の業界で取り入れられた際にもまだ優れたパフォーマンスは発揮できていない。対照的に、スクラップ‐EAFプロセスはかなり高度に成熟しており、自動車向け電磁鋼板のような複雑な鋼種の生産においても大きな進歩を遂げている。同様に、DRI技術も確立されており、化石燃料由来とはいえ、60%~70%の水素を利用するケースが多くなってきている。ただ、水素の濃度を70%~80%以上に高める技術については、まだ試験段階に留まる。グリーン水素を用いたDRIのように化石燃料を使用しない新たな一次鉄鋼生産についてはデータが限られていることも、CCSなどに比べて存在感が薄い理由の一つである。炭素回収も未成熟な技術であるが、ここで述べたような要因によって、その全体的なコストパフォーマンスと必要性が過大に評価されている可能性がある。
鉄鋼メーカーとしては2030年までに、ゼロ・エミッションに近い生産プロセスの規模を拡大させ、成熟させるために、必要な投資を行うべきである。これにはスクラップの利用増も挙げられるが、それだけでなく、高炉での使用や直接還元に適したグレードの鉄鉱石を用いたH2-DRIにも努力を傾けていかなければならない。炭素回収技術の発展だけでは、変化する顧客ニーズが求めるレベルの削減効果は得られない。鉄鋼メーカーがCBAMやカーボンプライシングといった政策上のリスクにさらされ続けるおそれさえある。
結論
炭素回収技術は大きな困難に直面している。製鉄所が有する多様な排出源、様々な利用シーン、そして一貫製鉄所で必要とされるインフラが大規模になる点などがそれである。
鉄鋼業界もネット・ゼロに移行するため、生産の脱炭素化が求められているが、炭素回収による排出削減だけに頼っていては達成できる見込みは薄い。特に要求される期間内には不可能である。技術的限界によって全ての排出源に炭素回収インフラを展開できないという問題、期待された回収率を達成できずにきた歴史、また原料炭に依存し続けることで引き起こされるメタンの大量の逸散排出などが原因である。
さらに、炭素回収インフラのために必要となる追加のエネルギーはエネルギー需要の増加を意味し、このエネルギーをどのように調達するかが、炭素回収技術による排出削減効果に直接的に大きな影響を及ぼす。現在、世界のほとんどの製鉄所は、操業に必要な電力を発電するために副生ガスと石炭の混焼火力発電設備を稼働させている。炭素回収に必要なエネルギーをこの副生ガスと石炭の混焼火力から調達するのであれば、排出量も同時に増加する。混焼火力による発電量の増加に伴い生じる排出炭素を回収することは理論的には可能だが、そうなるとさらに多くのエネルギーやそれを支える石炭が必要となる悪循環にはまり込み、特に石炭採掘時のメタン逸散排出が増えることは間違いない。
全体として、炭素回収だけを用いる方途は鉄鋼業界の完全な脱炭素化には適していないし、ネット・ゼロの目標にも沿わない。中国では商業規模の「包頭CCSプロジェクト」が完了を目前に控えていてその動向に注目が集まっているが、それよりも、H2-DRIのように脱炭素化に向けてさらに有望とされる新たな技術に集中していくほうがよい。
こうしてこれまで述べてきた理由から、鉄鋼業界における炭素回収は、当面は研究開発やパイロットプロジェクトの段階に留まるであろうと考えられる。「有望な可能性」に向けてローンチされたこの技術が、その期待に反して目立った進展を見せられなかったこの50年と同様である。鉄鋼業界では以前から、炭素回収の可能性について議論されてきたが、今のところその可能性は実を結んでいない。さらに重要なのは、この炭素回収技術は直接空気回収 (DAC) といったさらに高コストな他のオプションと一緒に組み込まなければ、ゼロ・エミッションに近い鉄鋼生産を実現することはできないという点である。脱炭素化が遅れている東アジアでは、鉄鋼業界は炭素回収から脱却してH2-DRI-EAFやスクラップ‐EAFをはじめとする技術に軸足を移すべきで、こうした全てのプロセスに必要なエネルギーを再エネ由来電力で支えるのが理想的なケースといえるだろう。
Endnotes
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