製鉄における水素利用:高炉への水素吹き込みは最適な脱炭素手段か?
高炉(BF)への水素吹き込みは、時に製鉄業の脱炭素化に向けた「移行的技術」と見なされることがある。しかし、この手法は水素の利用効率が低く、技術的な制約が大きい上、大幅な排出削減には至らない。最良のケースを想定しても削減効果はネットゼロには遠く及ばず、依然として大量の二酸化炭素(CO2)が残る。さらにこの残余排出は炭素価格の上昇とともに企業が抱える経済的負担が増大することにつながる。
これに対し、水素直接還元製鉄(H2-DRI)を再生可能エネルギーと組み合わせたプロセスは、粗鋼1トンあたりに必要な水素量が40〜60%少なく済むなどより効率的で、ニア・ゼロエミッションも達成可能である。CO2 1トンあたりの削減コスト比較においても、H2-DRIの方がすでに長期的競争力のある選択肢といえる。
鉄鋼業界の今後を見据える上では、さまざまな脱炭素技術の効率性や将来性を理解することが極めて重要である。一方、今後の選択については、CO2の排出削減量あたりのコストや、移行的技術と変革的技術の間での資本配分、そして投資を方向付ける政策の役割といった論点から、きわめて複雑であることが浮き彫りになってきている。
鉄鋼業界における水素利用
鉄鉱石を還元する際にコークスの代わりに水素を用いると、CO2ではなく水(H2O)が生成されることから、水素は製鉄業の脱炭素化手段として注目されている。世界各国の製鉄メーカーは、既存のBF設備を活用しつつ、最も排出集約度の高い一次製鉄工程でCO2排出強度を低減させるために、BFへの水素の吹き込みを試み始めている。
インドでは、タタ・スチールが2023年4月、Jamshedpur製鉄所で数日にわたる水素吹き込み試験を実施し、約10%のコークス削減、すなわち粗鋼1トンあたり7〜10%のCO2削減効果が得られる可能性を報告した。1
日本では、日本製鉄が2024年12月、12 m³の「Super COURSE50」試験用BFで43%のCO2削減を実証したと発表し、2026年から君津第2BFに水素リッチガスの吹き込み設備を導入する予定となっている。2
中国では、宝武鋼鉄が2022年、世界初の400 m3規模の「HyCROF」を稼働させ、純酸素条件下におけるBFガスのリサイクルに成功。生産能力は30〜40%増加、固体燃料使用量は30%以上削減できたと報告した。3 2021年には山西晋南鋼鉄が大型BFで連続水素吹き込みに成功し、燃料比を36 kg/t削減、CO₂排出量を約5.6%削減した。4
ヨーロッパでも同様の動きが見られ、ドイツのティッセンクルップは2019年に世界で初めて稼働中のBFに水素を吹き込み、コークスの部分代替によって最大20%のCO2削減が可能であることを示した。5 6 また、ディリンジャーとザールシュタールはコークス炉ガスの吹き込みを進めつつ、将来的には純水素吹き込みへ移行し、2035年までに40%のCO2削減を目指すことを明らかにしている。7 さらに、アルセロールミタルも2021年にスペインのアストゥリアス工場で天然ガスとコークス炉ガスから抽出した水素の吹き込みを開始しており、ブレーメンやダンケルクでも同様の計画が検討されている。8 9
技術的な課題
BFはコークス使用を前提に最適化されているため、水素吹き込みには高コストかつ大規模な改造を必要とし、一部からは「部分的な脱炭素化にとどまる水素吹き込みが低炭素社会への現実的なステップなのか否か?」という根本的な疑問が投げかけられている。主な技術的課題は以下の通りである。
1. 1 つ目の課題は規模の問題である。小規模試験炉は商用炉の数百分の一のサイズであり、同様の成果が実際に操業規模のBFで得られるのかは不透明となっている。10 中国の山西晋南鋼鉄が行ったケースでは、1,860m3のBFで水素吹き込みが実施されたが、排出削減効果はわずか5.6%にとどまり、スケールアップの困難さを示している。11
2. 2点目は全体のエネルギー消費量がかえって増加しうることである。水素が多く含まれているコークス炉ガスは既に製鉄所内で蒸気や電力として再利用されているため、その一部をBFへの吹き込みに回すと、BF以外の生産プロセスでこれを補う追加の電力や燃料が必要になりうる。一部のプロジェクトでは従来は使用されてこなかった排熱を用いることによって、この課題に対処しようとしているが、それで全ての不足分を補うことができるのかはいまのところ不明である。 12 さらに、鉄鉱石の水素還元は吸熱反応であるため、全体的なエネルギー需要も増加すると考えられる。13
3. 3点目は、コークスを用いた還元反応のために最適化されたBF自体の設計上の制約である。コークスは還元材としてだけでなく、炉内の構造的安定性を保つ役割も果たし、原料と気体のスムーズな流れを促進する。14 しかし、水素は後者の役割を担えないため、吹き込みを行うと炉内のダイナミクスが変化し、気体の流れや熱バランスが不安定化する可能性がある。
4. 4点目はBFに用いられている耐火レンガが水素利用に適した設計をされていないことである。高度な耐酸化性材料を用いて最大約6割の水素を扱うことができる直接還元鉄(DRI)シャフト炉とは異なり、BFはコークスによる還元に適した炭素系やアルミナ系レンガで作られているため、水素を吹き込むことでより酸化し、熱的に不安定な状態となり、劣化しやすくなりうる。高水準の水素利用を安全に行うには、コストのかかる炉の大規模な改修が不可欠となると想定されるため、既存設備を活用して低炭素鋼を生産するという経済的なメリットが損なわれるおそれがある。15
水素利用による温室効果ガスの削減効率
複数の文献によると、従来の高炉・転炉(BF–BOF)法と比較して、BFへの水素吹き込みでCO2排出を1%削減するには、BFの実際の運用を考慮してシミュレーションした場合では粗鋼 1トンあたり約2.1〜2.8 kgの水素が必要とされる。16 17 純粋に化学反応のみに基づいた計算でも1.7〜2.4 kg/tcsとやや少ない値が示されるにとどまる。18 19 その一方で、H₂-DRIでは同様の削減を実現するために必要な水素は約0.7 kg/tcsと推定されている。すなわち、BFでの水素利用はDRIシャフト炉と比べて効率が半分以下ということになる。また、鉄鉱石の還元において、プロセス制御や反応速度、材料特性など種々の要因により、BFでの水素利用は一般的にDRIシャフト炉での水素利用よりも効率が低くなる。これは、BFは一酸化炭素を主体とする還元ガス混合物に最適化され、ガスと固体の向流に依存するのに対して、DRIシャフト炉は水素の利用に優れ、ガスと固体のより直接的な流れで稼働するためである。20 21 22 さらに、水素は一酸化炭素よりも還元反応速度が速く、全体的な効率においてH2利用に適した設計のため、還元効率が一層高くなる。23
全体的に必要とされる水素の量を見ると、H2-DRIでは鉄鉱石を完全に還元してスポンジアイアンにするために約62 kg H2/tcsを必要とする。これに対し、BFに29〜34 kg H2/tcsとなる比率で水素を吹き込んでも、熱源かつ還元剤であるコークスを部分的に代替するのみであるので、そのCO₂排出削減効果は約21.4〜26.1%にとどまり、ニア・ゼロエミッションには届かない。
つまり、BFにおける水素利用の効率はDRシャフト炉の半分程度であり、加えてBFでは水素投入量の上限が存在するとされていて、水素投入量を増やしても単純に比例して排出削減効果が向上するとは限らない。したがって、BFへの水素吹き込みは効率が悪く、他の、より確立された脱炭素化技術と比較して排出量削減効果も限定的と言わざるを得ない。
図1: 水素価格に応じたBF及びDRIシャフト炉におけるCO2の削減コスト効率
出典: Transition Asiaによる分析 18 19 24
BFに大量の水素を吹き込んでも削減効率は低く、CO2削減 1トンあたりに必要な水素量は多くなる。その結果、コストは高騰し、効果は限定的になる。そして特に、水素吹き込みではニア・ゼロエミッションは達成できず、削減できなかった残りのCO2は将来的に炭素価格や規制の下で大きな負担となるおそれがある。
H2-DRIが商用化に近づく一方で、BFへの水素吹き込みは依然として技術的課題が大きく、商用化には長い時間を要すると見込まれている。さらに、H2-DRIと比べて削減ポテンシャルが低く、理論的な上限すらまだ不明確なままとなっている。水素価格の低下によりH2-DRIの競争力が高まる中、BFへの水素吹き込みに係るコストは残余排出の処理費用や炭素価格の影響を受けやすいというリスクを抱えているために、なお不透明な問題として残り続けている。
文末脚注
- https://www.reuters.com/business/sustainable-business/indias-tata-steel-begins-hydrogen-gas-injection-trial-blast-furnace-2023-04-24/?utm_source=chatgpt.com
- https://www.nipponsteel.com/en/news/20241220_100.html
- https://worldsteel.org/case-studies/environment/china-baowu-development-and-application-of-low-carbon-metallurgical-technology-based-on-hycrof/
- https://www.sciengine.com/IS/doi/10.13228/j.boyuan.issn0449-749x.20220075
- https://www.thyssenkrupp-steel.com/en/newsroom/press-releases/thyssenkrupp-steel-concludes-first-test-phase-successfully.html
- https://www.valveworldexpo.com/en/Media_News/News/Business_News_Archive/Retrofitting_Instead_of_New_Construction_EU_Funds_Hydrogen_Technology_for_Blast_Furnaces
- https://en.saarstahl.com/news/press-releases/it-s-all-systems-go-for-the-green-transformation-the-german-minister-of-economics-saarland-s-minister-president-and-saarland-s-minister-of-economics-examine-the-green-steel-strategy-for-dillinger-and-saarstahl/?id=7584
- https://corporate.arcelormittal.com/media/news-articles/arcelormittal-asturias-starts-coke-oven-gas-injection-for-blast-furnace-b
- https://corporate.arcelormittal.com/media/news-articles/arcelormittal-europe-to-produce-green-steel-starting-in-2020
- https://www.ramboll.com/en-us/insights/decarbonise-for-net-zero/exploring-hydrogen-s-potential-to-decarbonise-steel-from-blast-furnaces
- https://www.sciengine.com/IS/doi/10.13228/j.boyuan.issn0449-749x.20220075
- https://www.greins.jp/course50/en/technology/technology03/
- https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/srin.201900108
- https://www.techniques-ingenieur.fr/en/resources/article/ti554/metallurgical-coke-m7341/v1
- https://www.ispatguru.com/refractory-lining-of-blast-furnace/
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0959652617306169
- https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4473005
- https://link.springer.com/article/10.1007/s12613-022-2474-8
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0196890421010980
- https://www.midrex.com/tech-article/dealing-with-an-uncertain-future-direct-reduction-in-the-hydrogen-economy/
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/isijinternational/64/14/64_ISIJINT-2024-145/_html/-char/en
- https://link.springer.com/article/10.1007/s11663-023-02822-4
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/B9780323853736000119
- This comparison considers only the cost of H2 used to abate 1 kg of CO2 and does not include capital expenditure differences between the BF and DRI units.
データと免責事項
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著者

菅野 聖
リサーチアナリスト

アラステア・ジャクソン
リサーチヘッド
