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日本の金融機関、対鉄鋼業界への見方厳しく

鉄鋼のファイナンスド‧エミッション:日本製鉄に関するケーススタディ

要点

  • 高炉‧転炉 (BF-BOF) 設備に対するプロジェクトファイナンスのファイナンスド‧エミッションは、鉄鋼事業に関係するグリーンフィールド投資の中で最も多く、日本の金融機関がそのファイナンス対象から外している石炭火力に匹敵する。

 

  • BFの改修は、債権者や株主にとって極めて大きな意味を持つ。同じ1ドルの投資であれば、BF-BOFへの投資は排出削減対策が講じられていない石炭火力発電所 (CFPP) よりも炭素集約的である。

 

  • 投資家や銀行のファイナンスド‧エミッションに対する関心が高まりを見せていることに加えて、石炭集約型産業からの脱却や低炭素鋼の開発がグローバルレベルのトレンドとなっている中、代替となるクリーンな生産ルートへの投資は、日本製鉄にとって「if」ではなく「when」の課題である。

はじめに

日本の金融機関は既に、債権‧株式ポートフォリオの中で次に対応すべき高排出産業として鉄鋼業界に目を向けている。我々のアナリストとESGチームが最近行った評価では、金融セクターが「鉄鋼の脱炭素化を目的とする新たな技術やグリーン投資にかかる世界的なトレンドに対して、日本の鉄鋼メーカーは対応が遅すぎて、それが川下産業の脱炭素化の可能性を妨げている」として不満を持っている、ということが示された。

 

本レポートでは、プロジェクトファイナンスからデットファイナンスや株式まで、潜在的な投資のファイナンスド‧エミッションについて、日本製鉄をケーススタディとして考察する。基本的なファイナンスド‧エミッションは、投資額100万米ドル当たりの年間CO2排出量で算出する。これは、金融機関と投資家が自身のポートフォリオを脱炭素化し、顧客に低炭素商品を提供しようとする中でよく用いられるようになった算出法である。

 

もう少し広い視野では、日本製鉄への投資は既にファイナンスド‧エミッションが多い状態となっている。これは日本製鉄の生産プロセスが主に石炭に依存しているためだが、いま金融機関が精査しているのは、日本製鉄がより新しくよりクリーンな技術への投資に向けて意味のある取り組みを加速しているかどうかだ。他の要素や鉄鋼を取り巻く環境と無関係に精査しているわけではなく、金融機関が対石炭投資、特にCFPPから脱却しつつある世界的な傾向を踏まえ、鉄鋼業界もターゲットになる蓋然性が高いと考えて対応しようとしているのである。

 

これを上市はされているものの十分な導入や資金の投入には至っていない低炭素生産技術とモデルの中で比較(技術的パスウェイの解説はこちらを参照のこと)すると、金融機関にとっては低炭素鋼の方が現実的な選択肢になるであろうことが示された。今後は低炭素鋼への戦略的投資や官民ファイナンスに関して、より多くの分析が求められるようになると考えられる。今回は生産にかかる経済性はあえて本レポートに入れなかったが、金融機関と実際にコミュニーケーションをとる中で、金融機関の低炭素鋼に対する関心が非常に高まっていることがうかがえるようになっている。特にグラフ1に示した低炭素鋼生産プロセスや、日本製鉄による低炭素製品の上市の時期などに注目している様子だ。

デットファイナンスと株式投資も危険信号...そしてBF改修

プロジェクトファイナンスとは、CFPPの建設といった長期的なプロジェクトやBF-BOF設備をはじめとする鉄鋼生産設備の導入‧更新に定期的に用いられる資金調達方法のことである。この文脈におけるファイナンスド‧エミッションとは、一般的にデットファイナンスまたは長期貸付の形で融資を受けるプロジェクトに由来する排出量を指す。

 

 

上のグラフは、新規の鉄鋼生産設備にかかるファイナンスド‧エミッションを、排出削減対策が講じられていない石炭火力発電所のファイナンスド‧エミッションと比較したものである。1 2 3

 

20215月、G7は、日本が消極的な姿勢を示したものの、「政府開発援助、輸出金融、投資、金融‧貿易促進支援等を通じた、排出削減対策が講じられていない石炭火力発電への政府による新規の国際的な直接支援の2021年末までの終了に今コミットする」とのコミュニケを発出した。4つまり、もはや投資の選択肢にはならない。

 

海外、特に欧州では石炭への投資をフェーズアウトさせるコンセンサスがあるのに対し、20233月にはJBIC、三井住友銀行、三井住友信託銀行、みずほ銀行、欧州みずほ銀行、三菱UFJ銀行が上に引用したコミュニケにあるような金融的支援の形で50億米ドルの投資を行った。これは日本製鉄とArcelorMittalとの合弁会社が保有する印ハジラ拠点の拡張に資金を提供したものである。5この拡張プロジェクトについては、将来的にクリーンな技術パスウェイへの投資が計画されていたため、これに対して資金提供側からの賛同が得られた。ただし、将来的なクリーン技術への切り替えは計画自体はされているが、現時点では最も炭素集約的な石炭ベースのプロセス、つまりBF-BOFの新設である。今回のプロジェクトファイナンスはBF 2基、焼結設備2基、コークス炉3基、BOF 3基、連続鋳造機2基、熱間圧延機1基の導入に利用され、一連の生産設備は年産600万トンの能力を持つことになる。6金融機関にとって石炭火力発電所への投資が選択肢から外れた今、今回の投資は日本の銀行が現実的に実行できると思われる投資案件のうち、ファイナンスド‧エミッションが最も多くなるであろう案件だ。これは上に示したグラフ1からもわかる。投資額100万米ドル当たりの年間CO2排出量は2,100トンを超えるものと推計されるが、排出量全体の規模としても尋常ではなく、1つのプロジェクトとして見ると当該設備の年間排出量は日本全体の年間CO2総排出量の1%に相当する。これが日本の金融機関が行う公的資金の入った共同融資で賄われる。

デットファイナンスと株式投資も危険信号...そしてBF改修

さしあたっての関心は、プロジェクトファイナンスに関係する技術的な議論以上に、日本製鉄そのものと今も進んでいるBF-BOFベースの生産をサポートするような通常の金融商品‧金融的手段である。どのような炭素会計を用いても、債権者や株主が責任を負うファイナンスド‧エミッション(Scope 3に計上される)の量は当然だが蓄積されていく。日本製鉄の場合、そのファイナンスド‧エミッションは1,435 tCO2/100万米ドル/年と、依然として大きな数値となっている。これに加えて、上で述べたようなBF-BOF設備のような高炭素ソリューションを新規で導入する合弁事業がバランスシートに載ることになるのである。

 

スクラップEAFまたはH2-DRI-EAFに対するプロジェクトファイナンスから生まれるファイナンスド‧エミッションと比べると、デットファイナンスと株式取得を通じたBF-BOFへの投資によって生じるファイナンスド‧エミッションの方がはるかに大きい。つまり、投資家がファイナンスド‧エミッションを削減するためには、日本製鉄による投資を新規のBF-BOFから他に振り向けさせる必要がある。特に、社債発行を引き受けている銀行、債権者や株主である銀行にとっては重要となる。

 

実際、日本では情報開示が不十分で、緻密な炭素会計は難しいが、日本の鉄鋼大手 (日本製鉄、JFE、神戸製鋼) は、日経225全体におけるファイナンスド‧エミッションの14%以上を占めていて、ファイナンスド‧エミッションの多い順にリストアップすると、いずれも上位6社に入っていると推定される。

 

ここでさらに重要なのは、債権者や株主があらゆる案件のうち最も多いファイナンスド‧エミッション、つまりBF改修のファイナンスド‧エミッションにかかるリスクにさらされていることである。稼働中のBFを改修して寿命を延ばすことは (上述した新規BF-BOFのプロジェクトファイナンスとは対照的に)BF-BOFをベースとする生産方法に関しては主要な投資でありながら、鉄鋼業界で最も有害な投資である。BF改修への投融資によるファイナンスド‧エミッションは、15,509 tCO2/100万米ドル/年という驚くべき量と推定される。同じ1米ドルで考えると、排出原単位は排出削減対策が講じられていない石炭火力発電所に投融資するよりも4倍以上高くなる。

「if」ではなく「when」

最後にまとめに入るが、要するに、ファイナンスド‧エミッションが最も多い2つのエクスポージャー、すなわちBF-BOFの新設とそれに対するプロジェクトファイナンス、そしてBF改修とそれが債権者や株主に及ぼす影響に注目が集まっている、と言える。背景としては鉄鋼セクターに投資している投資家による議決権行使をはじめとする活動の活発化‧顕在化に加えて、日本でも金融機関のファイナンスド‧エミッションに対する感度が高まっていることが指摘される。BF-BOFの新設と改修、いずれも今となっては「消滅した」石炭関連の金融と比較しても、持続不可能で有害な投資である。

 

こうした中、銀行や投資家にとって最重要ポイントとなっているのは、日本製鉄をはじめとする日本の鉄鋼大手による低炭素生産能力の開発状況である。この点については現在、他機関の論文も使いつつ、中国やその他の国におけるグリーンスチール市場に関する分析を独自に行っている。株主総会の時期に向けて、座礁資産リスクやG7の産業脱炭素化アジェンダ(IDA)に関する調査分析のほか、金融機関と投資家双方のステークホルダーが日本製鉄に変化をもたらしつつ自身のファイナンスド‧エミッションを削減する具体的なソリューションについて、金融に特化した視点でも分析を行う予定としている。

文末脚注

  1. プロジェクトファイナンスとデットファイナンス、株式を比較するために、ファイナンスド‧エミッションの単純平均を使用している。ファイナンスド‧エミッション=(CAPEX / 生涯排出量)/プロジェクト年数。ファイナンスド‧エミッションの算出、バウンダリーの定義、および炭素会計の処理はプロジェクトごとに異なる場合がある。

  2. 算出条件:排出削減対策が講じられていないCFPP (超臨界660MW、設備利用率70%780gCO2/kWh)。排出削減対策が講じられていないBF-BOF (JBICおよび邦銀の100%出資、排出原単位2.03 tC02/tcs)。ガス-DRI-EAF(グリーンスチール市場モデルを使用した日本における95%ガスベースのDRI)。スクラップEAF (スクラップ100%、再エネ100%)H2DRI-EAF (100%H2100%再エネ)

  3. ここで用いるベンチマークでは、JBIC、三井住友銀行、みずほフィナンシャルグループ、三菱UFJ銀行などが行ったインドネシアのCirebonに対する融資をモデルとし、660MWの超臨界石炭火力発電所 (排出削減対策が講じられていないCFPP) が稼働すると仮定した。https://www.gem.wiki/Cirebon_power_station

  4. https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100200083.pdf
  5. https://www.jbic.go.jp/en/information/press/press-2022/0331-017626.html
  6. https://www.nipponsteel.com/en/ir/library/pdf/nsc_en_ir_2023_a3.pdf
データと免責事項

この分析は、情報提供のみを目的としたものであり、投資アドバイスを行うものではなく、投資判断の根拠となるものでもない。この報告書は、評価対象企業が自己申告した公開情報に対する執筆者の見解と解釈を表したものである。企業の報告については参考文献を掲載しているが、執筆者はそれらの企業が提供する公開の自己申告情報を検証することはしなかった。従って、執筆者は本報告書におけるすべての情報の事実の正確性を保証するものではない。執筆者およびTransition Asiaは、本報告書に関連して第三者が使用または公表した情報に関して、いかなる責任も負わないことを明示する。

私たちのチーム

久保川健太

ESGアナリスト

ローレン‧ヒューレット (Lauren Huleatt)

プログラムマネージャー兼投資担当