プレスリリース:日本の鉄鋼業界が排出削減目標を達成するにはEAFへの移行と 高炉の廃止が不可欠
Transition Asiaによる分析:日本の鉄鋼企業、2019年から2050年までのカーボンバジェットを超過
- Transition Asiaは日本の鉄鋼大手3社が発表している脱炭素計画と方針に関して分析を行った。その結果によると、各社はいずれも「1.5°Cカーボンバジェット (1.5°C目標を達成するための炭素予算)」を大幅に超過している。2019年から2050年までの総排出量は各社のカーボンバジェットを8億2,100万tCO2 (日本製鉄)、5億2,700万tCO2 (JFE)、1億3,700万tCO2 (神戸製鋼) 超過するとみられる。
- 日本の鉄鋼企業による現在の脱炭素化アプローチは、そもそも1.5°Cシナリオに沿った形で、排出量を十分に抑えながら事業を行うことを前提とした設計となっていない。
- Transition Asiaは、日本が安定的にグリーンスチールを開発・生産していくにあたって必要となる再生可能エネルギーの量を2031年までに1 TWh、2050年までに38 TWhとし、実現可能な量であると算出した。
2023年11月16日、日本 – 企業の気候変動対策と1.5°C目標の整合を目指すシンクタンク型の非営利団体、Transition Asia (「TA」) は本日、日本の鉄鋼大手3社 (日本製鉄株式会社 (日本製鉄)、JFEホールディングス (JFE)、KOBELCO (神戸製鋼)) による脱炭素に向けた取り組みの進捗状況を追跡調査し、排出削減戦略と計画を評価した報告書を公表した。同報告書では、日本がグリーンスチールに係る国際競争で地域的・世界的に優位に立つための提言も行っている。
炭素排出原単位:企業目標と1.5°C目標の大きなギャップ
日本の鉄鋼企業3社は、2030年までに基準年である2013年比で排出量を30%削減する脱炭素化目標を設定している。加えて、3社いずれも2050年までにカーボンニュートラル達成を目指して長期脱炭素化目標 (スコープ1とスコープ2を含む) を策定済みである。2023年時点では、日本製鉄が排出削減の進捗でリードしており、2030年目標の進捗率ではJFEの32%、神戸製鋼の38%に対し、61%を達成している。
TAの分析では、炭素排出原単位の定義を鉄鋼生産量に対する鉄鋼生産時の排出量の比とする。TAは鉄鋼生産時の排出量を算定するため、2019年から2021年までのデータと2022年から2030年までの予測データを組み合わせて利用している。
図1: 鉄鋼大手3社が開示した炭素排出原単位目標と1.5°C目標とのギャップ
(ギャップ%)
出典: TA分析
現時点での目標や戦略の下では、3社いずれも1.5°C目標への整合を維持するために必要な排出削減量に達していない。日本製鉄はギャップが最も大きく、排出原単位は2030年の1.5°C目標を超過する (107%) と予測される。JFEのギャップ69%、神戸製鋼のギャップは65%となる。3社いずれも減産計画を開示しており、減産に伴って排出量も減少するとみられるが、、TAの分析によると、現在の取り組みでは不十分であり、1.5°C目標に整合するには生産時の排出量を2030年までに2019年比でほぼ半減させる必要がある。
ネットゼロの未来に反したCOURSE50
日本の鉄鋼企業は排出削減への技術的アプローチとして、BFへの後付け技術を開発する方向に進んでいる。日本で最も知名度の高い代表的な技術的ソリューションは、COURSE50と呼ばれる技術である。
COURSE50は、日本の鉄鋼大手3社 (日本製鉄、JFE、神戸製鋼) が開発中の技術で、この技術の中核となるのは、BFから排出される生成ガスから回収した水素をBFへ吹き込む点である。吹き込まれた水素は鉄鉱石の還元剤として機能し、主要な還元剤 (コークス用石炭) と部分的に置き換わる。これにより、コークスを100%使用する製鉄方法と比較して排出量を10%削減することができるとされる。また、COURSE50は二酸化炭素回収・貯留 (CCS) 技術を採用する予定で、全体的な排出削減効果は最大30%程度となる。COURSE50はSuper COURSE 50に発展・強化される計画で、商業運転の開始は2050年頃の予定となっている。企業はこの技術で従来のBF-BOF法による鉄鋼生産と比較して排出量を最大50%削減することができると期待しているが、依然としてグリーンスチールの定義を満たすレベルには達していない。
COURSE50はその効果が本格的に実証されていない高コストの技術で、2008年以降開発が進められているものの、2030年までに商業運転を開始する見込みは立っていない。開発スケジュールは20年以上にわたると予想される一方、。理論的な炭素削減効果は30%にとどまる。さらに、その30%のうち20%はCCSに依存しているが、CCSは製鋼プロセスにおいてはBFのCO2濃度の低さが問題となるほか、CCSで使われるアミンの不安定性、回収装置のエネルギー消費量の多さなど、技術的・経済的に課題が多いと指摘される。
日本製鉄はCOURSE50とSuper COURSE50へ依存する一方、JFEは2030年の運用開始が計画されているBF用炭素回収リサイクル技術に大きな期待を持っている。これは排出される炭素を回収・リサイクルする技術で、鋼材1トン当たり最大20%の削減が可能とされる。BFの排出削減を主眼とする短期的なソリューションと言える。また、神戸製鋼はBFで「低炭素」製品を生産し、運転効率を向上するために人工知能の利用を検討することで排出量を削減する最小限の対策を講じているが、排出削減量に関する詳細な見通しについてはほとんど公表されていない。
図2: 2030年から2050年までの各種技術の炭素削減効果
出典: TA分析
排出量がカーボンバジェットを大幅に超過、EAFへの早急な転換が必要
鉄鋼大手3社の「現行政策維持シナリオ」は、1.5°C目標達成ラインから大きく外れて推移しており、2019年から2050年までの総排出量が各社のカーボンバジェットを8億2,100万tCO2 (日本製鉄)、5億2,700万tCO2 (JFE)、1億3,700万tCO2 (神戸製鋼) 超過することを示している。現在採用されている技術や計画されている技術が必要な排出削減を実現するレベルに全く達していないことを示すもう1つの証左である。
この重大局面を乗り切るためには、鉄鋼大手3社が取り組みを強化し、効果が既に実証された技術の導入を検討し、併せてバリューチェーン全体のステークホルダーと幅広く協力する必要がある。
日本の鉄鋼業界における脱炭素を進めるには、EAFの導入が現時点で技術的に実現可能性が高い唯一の方法であることは明らかである。
日本はEAF導入目標で東アジア諸国の競合他社に後れをとっている
日本の鉄鋼大手3社 (日本製鉄、JFE、神戸製鋼) においては、まだEAF技術への大幅転換が行われていない。例えば、日本製鉄をみると、2030年時点で総生産量に占めるEAFの割合は8%にとどまる見込みであるが、中国はEAFの割合を2025年までに15~20%まで拡大することを目指している1。同様に、米国ではREを動力源とするEAFが拡大しているため、鉄鋼分野の総排出量は日本で生産される鉄鋼1トン当たりCO2の半分である2。日本では一貫した政策と計画が策定されておらず、世界の動向に起因する影響に対して脆弱で、脱炭素化要件を受け入れる準備が整っていない。
日本で供給される再生可能エネルギーの限界
日本の送電網に係る排出係数 (発電量単位当たりの炭素排出量) は、他のG7諸国と比較して極めて高い。日本政府はREの導入に前向きではなく、日本は重要なエネルギー源として輸入化石燃料への依存度が高い状態が続いている。グリーンスチールの生産を実質的に前進させるために最も速く費用対効果の高いソリューションは、スクラップを利用するEAFの動力源としてREを確保することである。TAは日本のグリーンスチール生産に将来必要になるRE由来電力を、2031年までに1 TWh、2050年までに38 TWh必要になると推定した。TAでは、このレベルであれば短期的に実現可能だと考える。
日本におけるスクラップ市場の見直し
EAFはリサイクル材を100%投入できるため、スクラップ市場が堅調であればEAF市場の成長を促進することができる。日本は鉄スクラップの純輸出国である一方、日本国内で供給されるスクラップ量には限界があることから、低品位のスクラップも利用できるよう、リサイクル材に含まれる不純物という課題に対処する各種技術が開発されてきた。革新的なソリューションの一例として、直接還元鉄 (DRI) とスクラップを電炉 (EAF) に同時投入することで、多額の設備投資を必要とせずに、低品位のスクラップを使用できるようになった。ただ、これをさらに進めるには国内のステークホルダーがDRIの安定供給を保証する必要がある。さらに、日本のスクラップ市場を発展させ、トランプエレメントと呼ばれる除去が極めて困難な不純物による汚染を減らすことで、EAF技術の導入をさらに進められる。企業は鉄スクラップ使用量を増やすためのソリューションを追求し、また政策立案者は鉄スクラップに対する国内投資の健全化を図らなければならない。
鉄鋼生産の未来
世界中に拠点を有し、有利な場所を選んで生産を行える多国籍企業が市場をリードしているという鉄鋼業界の特徴を考慮すると、豊富で費用対効果の高いRE生産量と鉄鉱石資源を有する地域で生産される製品が、最も価格競争力の高い脱炭素型の鉄鋼製品ということになる。したがって、日本の鉄鋼企業も新たなH2-DRI-EAFプラントを建設するために、日本国外や他国に目を向けざるを得なくなる可能性がある。
従来、製鋼プロセスはBF-BOF法を中心に高度な統合が進められてきたが、これにDRIソリューションを採用する選択肢もある。他方でDRIは高温でホットブリケットアイアン (HBI:Hot Briquetted Iron) に圧縮すると、鉄鉱石と同程度のコストで貯蔵・輸送することができるので、日本の鉄鋼メーカーにも戦略的なチャンスがある。つまり、HBIの生産とEAF法による製鋼過程の分離である。この戦略ではHBIをREに恵まれた地理的に有利な国外で行い、それを輸入し日本のEAFで製品化することで、日本の需要に対応しつつ国内のEAFを拡大できるようになる3。同様のH2-DRIとEAFの地理的な分離はArcelorMittalのスペイン拠点で既に導入されており、このアプローチの戦略的なポテンシャルが高いことを示している。日本の鉄鋼企業もこの戦略にのっとれば、引き続き海外における鉄鋼事業の開発と拡大を継続しながら、国内の大型EAFに対する投資を拡大するというソリューションを現実的なビジネスオプションとして持つことが可能になる。
TAによる「行動の呼びかけ」
鉄鋼大手3社が発表済みの計画と方針に関してTAが行った分析によると、各社とも2019年から2050年までの1.5°Cカーボンバジェットを大幅に超過している。これは、大型EAFを生産ミックスに統合する措置を講じなければ、BF法による鉄鋼生産に過度に依存し続けることになり、カーボンバジェットを超過するほどに排出量が固定されるためである。これを是正するには、大型EAFを鉄鋼生産プロセスに統合すると同時に、BFの改修を中止し、座礁資産の廃止計画を策定することが不可欠となる。
このトランジションを現実のものとするには、特に国内のRE 調達とスクラップの供給について、産業界と日本政府の協力が必要である。企業にはPPAを締結しRE電力を確保する上で積極的な役割を果たし、REへの移行を促進するよう政府に働きかけていくことが求められる。同時に、政府は現在の計画を大きく上回るペースでREを供給し、EAFへの移行を進め、国内スクラップ市場を活性化させなければならない。
TAのプログラムマネージャー兼投資担当ローレン・ヒューレット (Lauren Huleatt) のコメント
「現時点で脱炭素化のためにはさらに時間と資本が必要だと主張するような動きは、おそらく鉄鋼企業として一般的に受け入れられないのではないかと思われます。その効果が実証された技術が既に世界的に導入されている中、低炭素技術の導入が進んでいないこと自体、持続可能なアプローチとは言えません。残念なことに企業が気候変動に対する取り組みにおいて後れをとっている現状を、投資家たちはずっと見てきました。まさに今、こうした懸念に早急に対処すべき時です。世界のマーケットは前進しています。この地域におけるトランジションに対する我々の貢献もまた同様であるべきです。引き延ばし作戦を前進と誤解してはいけません。その代わり、鉄鋼業界にとって責任ある前向きな未来を形作るために、すぐに利用できるイノベーションで対応することが不可欠です。」
-了-
- https://transitionasia.org/wp-content/uploads/2022/09/Nippon-Steel-Emissions-Pathway-Analysis_EN.pdf
- https://clcouncil.org/reports/leveraging-a-carbon-advantage-key-findings.pdf?v3
- https://eurometal.net/arcelormittal-confirms-hybrid-eaf-investment-in-spain/