現場からの声:日本における低炭素電炉鋼の推進
要旨
- Transition Asia が日本の電気アーク炉(EAF)鉄鋼メーカーへのインタビューを始めた際の仮説は、操業改善、製品や顧客の多様化、さらにはグリーンアイアンの導入を通じて、EAF鉄鋼メーカーが日本の鉄鋼業の脱炭素化を牽引するだろうというものだった。しかし実際の調査では、その仮説は当てはまらなかった。
- 日本の主要なEAF鉄鋼メーカーへのインタビューを通じて得られた重要な結論は、彼らが現時点で生産能力の増強、製品や顧客基盤の多角化、高級鋼の大規模生産、あるいはEAFによるプライマリー・スチール生産といった事業変革を計画していない、という点である。
- EAF鉄鋼メーカー、商社や業界関係者は、依然として建設分野がEAF鋼材需要の主な牽引役であると指摘した。国内需要は弱含みだが、将来的な市場の変化を見越して低炭素鋼の開発が進められている。
- 一方で国内需要が減少する中、EAF鉄鋼メーカーは高炉(BF)鉄鋼メーカーと同様に、東南アジアや米国を中心に海外展開を進めている。
- また、欧州や東南アジアでは政策によって低炭素スクラップ鋼の需要が創出されているのに対し、日本では同様の枠組みがまだ存在しないとの指摘が多かった。
- 温室効果ガス(GHG)の排出に関しては共通の認識が見られた。すなわち、EAF鋼材の生産は再生可能エネルギー(再エネ)で電化されない限り依然として一定量のGHGを排出する。EAFと再エネを結びつけることで、顧客にとって真の低炭素ソリューションとなり得る、との期待が広がっている。
はじめに
これまで日本の鉄鋼業における脱炭素化の分析は、主にBF鉄鋼メーカーを中心に行われてきた。しかしEAF鉄鋼メーカーもまた排出削減に貢献し得る存在である。グローバルに見ると、低炭素なプライマリー・スチール生産の技術として水素直接還元(H2-DRI)が主流になりつつあるが、日本では再エネが高コストで、地理的・地勢的制約により水素供給の競争力が限定的とみられる。このような背景のもと、Transition Asiaは「高級鋼やプライマリー・スチールの生産、あるいはグリーンアイアンの利用などによってEAF鉄鋼メーカーが存在感を高めるのではないか」と仮説を立て、EAF鉄鋼メーカーや商社、業界関係者に対するインタビューを実施した。ただ実際には、日本のEAF鉄鋼メーカーは現状、大規模な能力増強や顧客基盤の多角化といった変革を計画していない。そこで、本稿では、その背景と課題を整理し、脱炭素化に向けて残されたアクションを提示する。
背景
一部メーカーは製造業向けの鋼板を手掛けているが、大半は建設分野への依存度が高い。これは、建設業が老廃スクラップを用いた比較的低級な鋼材を吸収する市場として成長してきた歴史的経緯があるためである。1 そのため、建設需要の変動がEAFの生産量と販売量に直結している。近年は資材高騰や人手不足により新規プロジェクトの中止が相次ぎ、建設需要は停滞している。2 3
加えて安価な中国産の鋼材流入により、国内のEAF粗鋼生産量は過去2年で約1割減少した。4 5 主要5社(東京製鐵、共英製鋼、合同製鐵、中山製鋼所、ヤマトスチール)も2024年度の国内販売額がいずれも減少している。6 7 8 9 10
こうした環境下で、特に条鋼主体のメーカーは設備投資を正当化できず、生産体系や製品多角化への動きも限定的である。
現状の維持
インタビューで繰り返し聞かれたのは「現状維持」(BAU)の姿勢である。EAF鉄鋼メーカーは、以下のような要因によって、建設分野向けの既存事業を大きなリスクにさらしてまで新たな領域に参入する意思を示していない。
- 安定はしているが成長余地の小さい需要:建設分野は安定した需要を示しているが、成長の余地は限られている。国内需要が拡大しているとは言えない状況で、新たな分野への大規模投資は非常に難しいと考える企業が多い。
- スクラップへの依存:国内の比較的成熟したスクラップ回収システムはEAF鉄鋼メーカーによる安定した原料調達を可能にしている。これは安心感をもたらす一方で、新たな原料への投資を阻害する要因ともなっている。
- 技術革新への消極的な姿勢:自動車や機械部品用の鋼材生産に向けてEAFが改良されつつある他国とは異なり、国内メーカーはこうした製品ラインナップの多様化に積極的ではない。
- リスク回避意識:停滞した国内市場において、新たな製品カテゴリーや技術への参入は高リスクとみなされている。
国内のEAF業界は依然としてBAUモデルにとどまっており、鉄筋や形鋼、その他建設業に関連する条鋼といった既存製品の生産を主として、多様化への動きは見られない。ただ、新たな分野への進出は脱炭素化政策に伴う需要拡大に連動した機会を開く可能性がある。ホットブリケットアイアン(HBI)を用いれば、今後予想されるスクラップの国際的な供給不足による事業上のリスクを低減できるとともに、EAFによる高級鋼の生産もさらに容易にできる可能性がある。しかし、こうした転換への具体的な兆候はほとんど見られない。これは需要低迷に加え、新鋼種生産の技術的な知見不足や、多くのEAF鉄鋼メーカーがBF鉄鋼メーカーの子会社などに属しているために同一の製品ラインナップによる直接的な競合が困難であるという事情などが複合的に作用している可能性が高い。結果として、国内のEAF業界は今後もほぼ現状維持のまま事業を進めると予想される。
政策主導で高まる海外での需要
日本のスクラップや鋼材の輸出先として長い歴史を持つ東南アジアにおいては、近年、EAF鉄鋼メーカー各社が同地域で高まる低炭素鋼材の需要に注目し、複数の重要な投資案件やプロジェクトが発表されている。国内最大のEAF鉄鋼メーカーである東京製鉄がシンガポールで合計6,000トンの低炭素鋼材の契約を獲得したほか、大和工業は需要拡大が予測される東南アジアおよびインドでの事業展開を強化する方針。11 12 13 共英製鋼も今年、ベトナムに年間50万トン規模の新たな鉄筋工場を稼働させ、ベトナムにおける生産量をグループ全体の生産量に対して約半分にまで引き上げることを目標としている。14 また、同社は2億5,500万米ドルを投資してテキサス州でも新たなEAF(年産能力:30万トン)の建設を開始した。15
例として、シンガポールで進められている「グリーンビルディング・マスタープラン(Green Building Masterplan)」は、2030年までに建物の80%(床面積あたり)を「グリーン建築物」とすることを目標としており、低炭素鋼材の需要を牽引する原動力かつ、東南アジアにおける先進的な政策モデルと見なされている。16 さらに、2021年に導入された「建設環境トランスフォーメーション総床面積インセンティブ(Built Environment Transformation GFA Incentive Scheme)」では、延床面積5,000平方メートル以上の民間開発プロジェクトが建築物に関する一定の指標(例:エンボディドカーボン)を満たした場合、都市計画上の容積率上限(Gross plot Ratio)を超えて最大3%の追加容積を認められる仕組みが設けられている。17 18
また、EAF鉄鋼メーカーは、スクラップに由来するEAF鋼材の利用促進を目的とした制度整備が進む欧州市場にも注目している。2020年にEUが「サーキュラー・エコノミー行動計画(Circular Economy Action Plan)」を発表して以降、スクラップ由来のEAF鋼材に対する需要は伸び続けている。さらに、この流れを受けて、2026年の第4四半期からは自動車および建設分野で使用される鉄鋼とアルミニウムに対して、最低限のリサイクル材含有率が義務付けられる予定である。19
業界関係者は口をそろえて、需要を生み出しているのは市場ではなく政策であると指摘した。
脱炭素化がもたらす好機
EAF鋼材はBF鋼材に比べて約8割のCO2排出量削減ができるだけでなく、再エネの利用でさらなる脱炭素が可能であることから、国内EAF鉄鋼メーカーが脱炭素化の文脈において大きなチャンスを有していることは明白である。20 これは、さらなるスコープ 3削減を目指す需要側企業にとって有力な選択肢となる。
PPA:GHG削減のための有力な手段
日本におけるEAF粗鋼生産に起因するCO₂排出量(スコープ1および2)は、年間約670万トンと見積もられており、依然として無視できない規模である一方、理論上はこのうち約80%は再エネの活用によって削減可能とされる。多くのEAF鉄鋼メーカーにとって、電力購入契約(PPA)は単なるコストヘッジを超えて、環境属性の信頼性と分かりやすさを兼ね備えた実用的な解決策として評価されている。日本で用いられている非化石証書制度といったエネルギー属性証書(EAC)と比べても、PPAはカーボンアカウンティング上の管理がしやすく、あらかじめ合意した量のグリーン電力を安定的に供給できるため、取り扱いやすい手段と見なされている。しかし、長期的な再エネ価格の見通しが不透明で、将来的な電力市場価格や炭素価格と比べてPPAが本当にコストメリットをもたらすかどうかがなお不明確であることを理由として、多くのEAF鉄鋼メーカーは固定価格型のPPA締結に慎重な姿勢を崩していない。さらに、グリーンスチールの需要動向もまた不透明であることも、その一因として挙げられる。その結果、大型電炉への転換を発表した日本製鉄のケースでも、新設EAF向けの電力源として再エネではなく、LNGを燃料とする火力発電設備を新たに4基、合計出力2,000MW規模で建設する方向性が発表されている。21
国内需要は弱いが、低炭素製品の開発は進展
国内では、BF鉄鋼メーカーは脱炭素化への取り組みが遅れており、マスバランス方式を採用した製品ラインアップに依存している。この手法は透明性と信頼性に欠けるとして、特に国際市場で厳しい評価が見られる。したがって、ライフサイクル全体の排出量がはるかに少なくその信頼性も高いEAF鋼材をはじめとした他の低炭素鋼材が相対的にその優位性を強めている。
東京製鐵やヤマトスチールは非化石証書を活用した低炭素鋼ブランドを立ち上げ、中部鋼鈑もグリーンスチール製品を上市した。22 23 24 EAF鉄鋼メーカーや商社によると、こうした製品に対する国内需要は一定程度存在しており、スコープ3の排出削減を意識する製造業や建設業の一部が関心を示しているが、こうした低炭素鋼ブランド開発の主因は低炭素鋼材に対する海外需要に応えるためだという。ただ、従来のEAF鋼材に比べて価格に上乗せプレミアムがあることから、国内の需要側企業の多くは依然として購入に慎重な姿勢を示している。
インタビューに答えた全ての企業は、国内市場が極めて厳しい状況に直面している点と、低炭素鋼の需要を刺激するためにはより効果的な政策介入が不可欠である点で一致した。
グリーンスチールの定義をめぐる懸念:BF鉄鋼メーカーへの傾斜
日本では現在、グリーンスチールの需要喚起を目的とした複数の政策措置が存在する。しかし、一連の政策における「グリーンスチール」の定義は、日本鉄鋼連盟(JISF)によるガイドラインに基づいており、政府自身の責任において明確に定義されたものではない。そのため、EAF由来のグリーンスチールがこうした定義に該当するかどうかは不透明なままとなっている。長年にわたる業界関係者との対話や今回の調査によれば、特に下流企業の間ではEAF鋼材が現行の制度枠組みに適合しないのではないかという懸念が広がっており、また、製造業や建設業向けに製品を供給するEAF鉄鋼メーカーにとっては、実際の排出原単位は小さいにもかかわらず、マスバランス方式でつくられたBF鋼材の方がグリーン調達制度の中で優遇され、自社の市場シェアが奪われかねないという危機感がますます広がっている。
多くのEAF鉄鋼メーカーは、高級鋼や特殊鋼市場への参入を目指しているわけではなく、むしろ既存事業の維持そのものが危ぶまれている状況である。包括的で明確なグリーンスチールの定義が存在しない限り、本来は商機となるはずの「脱炭素市場」が、電炉メーカーにとっては競争上の不利要因に転じてしまう可能性があり、これは、日本全体の脱炭素目標にとっても大きな障害となり得る。
また、2026年度に導入予定のGX-ETS(排出量取引制度)は、石炭を原料に使用する従来型鋼材とプレミアムが上乗せされるグリーンスチールとの価格差を縮める可能性がある。上述したように、EAFの更なる低炭素化に必須となるPPAを通じた再エネ調達の観点では、炭素価格がどの程度の水準になるのかという明確な見通しが極めて重要となる。
EAF業界の完全な脱炭素化実現のための提言
業界では新たなビジネスモデルに挑戦する意欲が限定的なことと、現状の市場環境を考慮すると、完全な脱炭素化の可能性は、再エネで事業を進め、それによって作り出される低炭素鋼材が十分な需要を確保できる場合にのみ実現すると言えるだろう。そのためには、再エネの導入促進と低炭素鋼材に対して明確な需要を創出する、的を絞った政策と市場の枠組みが必要となる。この目的のために、Transition Asiaは2つの主要な提言を以下に示し、概説する。
実現可能な先例:EAFを明示的に含み、再エネ100%を要件とする明確なグリーンスチールの定義に
多くの業界関係者の間で広まりつつある共通認識でもあるように、日本におけるグリーンスチールの需要を本格的に喚起するには、政府主導による明確な定義の設定が不可欠である。25 マスバランス方式に基づくBF鋼材と比べて、スクラップ由来のEAF鋼材はコスト面で優位性を有し、かつ本質的に低炭素であると広く受け入れられている。
加えて、EAFによる低炭素鋼材の定義を「100%再エネ使用」とすることで、EAF鉄鋼メーカーの再エネ転換を促すと同時に、BF鋼材よりも圧倒的に排出量が少ない鋼材としての価値をより明確化できる。このような高い信頼性を持つ定義は、真に低炭素な製品を求める市場ニーズに応えるとともに、業界にとっても明確な方向性を示すことにつながる。
合理的な需要喚起策:ライフサイクル全体の低排出EAF鋼材の建設分野における活用
EAF業界は建設業界との結びつきが強く、多くの企業が自社鋼材で建設業界の脱炭素化に貢献したいと考えている。両業界の間で需給の停滞が見られる現状を打破するには、それぞれに対する明確な制度設計とガイダンスが必要である。
こうした方向性に沿った前向きな動きとして、国土交通省が建築物のライフサイクルアセスメント(LCA)に関する検討会を設置した。26 同検討会では、建設業者に加えて、鉄鋼メーカーをはじめとする上流部分にあたる事業者や業界団体も関与しており、建設プロジェクト全体の脱炭素化に向けて、より多くのステークホルダーが役割を果たせる枠組みが模索されている。
さらに、この合議体では「低炭素建築物」であることを示すラベリング制度についても議論され、今後導入される見込みとなっている。この制度は、グリーンファイナンスへのアクセス条件を明確にする役割を担うと考えられ、鉄鋼業界・建設業界の双方が、サステナビリティに関連する投資基準に適合しやすくなる効果が期待される。加えて建設業者にとっては、グリーンスチールなど低炭素材を使用することで、建物の販売価格にプレミアムを上乗せできる可能性も出てくる。また、機関投資家が投資ポートフォリオの脱炭素化を図る中でこうした制度がより多くの投資を呼び込むことや、環境基準を満たした建築物に対して、より低金利の融資条件を適用するグリーン住宅ローン市場の発展にも後押しとなる可能性がある。
文末脚注
- https://transitionasia.org/scrap-steel-explainer/
- https://www.mlit.go.jp/report/press/joho04_hh_001299.html
- https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB05B5T0V00C25A6000000/
- https://www.japanmetal.com/news-t20241105138769.html
- https://www.jisf.or.jp/en/statistics/
- https://www.tokyosteel.co.jp/assets/docs/ir/disclosures/disclosures_20250425-03.pdf
- https://www.kyoeisteel.co.jp/en/ir/library/result/main/01114/teaserItems1/01/linkList/05/link/E-2025-3_0430.pdf
- https://www.godo-steel.co.jp/en/ir/material/pdf/20250425_Summary_Consolidated.pdf
- https://www.nakayama-steel.co.jp/menu/news/ir_news_archive/250513_1e.pdf
- https://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS08507/ad97f62e/dbd7/4aba/a8b8/5033dfdc2814/20250516100750624s.pdf
- https://www.tokyosteel.co.jp/assets/docs/top/top_20250206-01.pdf
- https://www.japanmetal.com/news-t20250609143284.html
- https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF163ER0W4A610C2000000/
- https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM03BLU0T00C25A6000000/
- https://www.kyoeisteel.co.jp/en/news/release/release-3847847479471451692.html
- https://www1.bca.gov.sg/buildsg/sustainability/green-building-masterplans
- https://www1.bca.gov.sg/buildsg/sustainability/green-mark-incentive-schemes/built-environment-transformation-gross-floor-area-incentive-scheme
- https://www1.bca.gov.sg/docs/default-source/bca-awards-2020/bca-green-mark-certification-requirement-for-gls-site_-2-dec-2022_final.pdf
- https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/green_steel/follow_up/pdf/001_07_00.pdf
- https://transitionasia.org/japanese-eaf-steel/
- https://www.nikkei.com/article/DGXZQOJC02A7F0S5A700C2000000/
- https://www.tokyosteel.co.jp/assets/docs/top/hobozero_release.pdf
- https://www.yamatokogyo.co.jp/en/steel/plusgreen/
- https://www.chubukohan.co.jp/ckCMS/wp-content/uploads/2025/06/
- https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/green_steel/pdf/005_04_00.pdf
- https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk4_000302.html
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著者

日本アナリスト
ケンタ・クボカワ(Kenta Kubokawa)

リサーチアナリスト
菅野 聖