
JFE 年次株主総会インフォメーションパック(2025年)
以前に公表したJFEのサステナビリティレポートに関する分析で示されたように、同社の脱炭素化への取り組みは依然として限定的な進展にとどまっている。1本報告書では、JFEの年次株主総会(AGM)を前に、投資家が建設的なエンゲージメントを行うための主要な論点を簡潔にまとめ、以降のセクションで詳細に解説する。
エンゲージメントにおける主要な論点:
- JFEが脱炭素化の柱の1つに据えているカーボンリサイクルは、商業規模での実証がまだ行われておらず、既に確立された低排出プロセスへの移行を遅らせるおそれがある。
- HBIの輸入に関して前向きな方向であるが、JFEの海外競合他社のうちでは水素直接還元鉄(H2-DRI)の商業規模の生産やグリーンHBIの輸入で先を行く動きが見られる。
- 今後のグリーンスチール需要への対応という観点では大型電炉(EAF)への転換は評価できるもので、今後も政策インセンティブを最大限に活用し、脱炭素目標を達成するための継続的な投資が期待される。
- オーストラリアにおける原料炭鉱への投資は脱炭素戦略との整合性に欠け、長期的な戦略の一貫性に疑念を生じさせている。
前回AGM以降の脱炭素化アクションの進展
脱炭素技術の進捗と課題
JFEスチールとしては、2024年度末のCO2排出量を2013年度比で18%、総量で1,100万トン削減するという目標は達成した。22025年5月に発表された第8次中期経営計画では、千葉にステンレス生産向けEAFを新設することや福山のコークス炉更新などによる設備投資などによって2027年度に24%削減、また2030年度までには倉敷におけるEAFへの転換などによって30%削減するという新たな目標を設定した。3ただし、ここまでの排出削減の主要因は総削減量1,100万トンのうち800万トンを占める減産効果によるところが大きく、他の脱炭素化プロジェクトで削減できたのは300万トンにとどまっていることには留意する必要がある。4JFEは最終的には次に挙げる3つの技術を用いて2050年度にカーボンニュートラルを達成するとしている。5
1.カーボンリサイクル:
高炉・転炉法(BF-BOF)において、発生するCO2を回収してメタンに変換した後BFに戻し、還元剤として再利用することでコークスの使用量を低減してCO2排出量を30%削減する。さらにCCSによって追加で20%の削減を目指している。6今年の5月から150m3の試験炉を稼働し、2026年度までに実証試験を行いつつ2030年以降に中規模(700m3程度)試験炉での実証試験を経て、2040年ごろから実用化する計画である。同社による最新の公開資料でも説明されているように、この技術開発プロジェクトはまだ初期の段階にある。4
2.直接還元鉄 (DRI):
従来は直接還元に適さない低品位の鉄鉱石を用いた水素直接還元鉄(H2-DRI)を開発中。2024年12月から試験用の小型還元炉(15kg/h)での試験を始め、低品位ペレットを用い、水素100%で連続的な還元鉄製造に成功した。47DRIを生産するシャフト炉ではシャフト炉の運用から生じるCO2と外部から調達するH2によって生成するメタンを用いることとなっており、日本製鉄が行おうとしているような純粋なH2-DRIではない。
また、DRIを保管・輸送をしやすいように加工した低炭素ホットブリケットアイアン(HBI)については、UAEから調達することを目指して2022年にMoUを締結した。同プロジェクトは2025年度後半から開始され、倉敷で2028年度第1四半期から稼働する予定のEAF(後述)や千葉第6高炉で活用されることとなっている。4 8 日本は天然資源に乏しく、再生可能エネルギー(再エネ)のコストも現時点では高いため、海外でDRIをはじめとするグリーンアイアンを生産し輸入する方法は効率的であるといえる。この意味でJFEが天然ガスで生産するHBIの輸入を決めている点は、将来的に天然ガスの代わりにグリーン水素の利用に移行できればさらに低炭素な高品質鉄源の生産につながることから、一定の評価ができる。他方、他国企業は既に商用のH2-DRIプラントで実績を積み上げつつあり、またPOSCOのように安価なグリーン水素が調達できる地域からHBIを輸入する動きを見せていることを踏まえると、JFEも競争力を維持するためにはグリーン水素で生産されたHBIの調達を早期に行うことが求められる。9 10 11 12 また、BFにおけるHBIの利用は政府から約16億円の補助金を受けることも決まっている事業で、加えて他地区のBFにおいてもHBIの投入が検討されており、同社は排出量削減ポテンシャルを年間約200万tCO2と見込む。5 13 ただ、このソリューションはBFへの依存度を低減することにはつながらず、BFからEAFへという世界的な潮流に逆行しているとみなされるおそれがある。
3.EAF:
倉敷の第2高炉を改修せずに高効率で大型の革新型EAF(年間粗鋼生産能力:約200万トン)に転換して2028年度第1四半期から生産を開始することを決定。JFEによればこれにより年間260万トンの温室効果ガス(GHG)排出量が削減できる。歓迎すべきシグナルである。このEAFでは、UAEから輸入するHBIを用いて、これまで従来の大型EAFでは製造困難とされてきた電磁鋼板や高張力鋼板といった高品質・高機能鋼材の量産を世界で初めて実現するとしている。2024年10月にはGX推進法に基づく「排出削減が困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業(事業Ⅰ(鉄鋼))」に応募し、EAFへの転換にかかる設備投資に対して政府補助が採択され、総投資額3294億円のうち最大で1045億円を政府から支援されることも決まった。14 15 また、仙台に保有するEAFの能力増強に関する投資は2024年度後半に完了する予定となっており、これによって年間約10万トンのCO2排出量削減を見込んでいる。さらに、千葉地区のステンレス製造プロセスにおけるEAFの導入も決定し、年間で最大約45万トンのCO2排出量削減が可能だとする。直近では国内外の需要不振に対応し、倉敷の第3高炉を2025年5月から2027年度もしくは2028年度まで一時的に休止するとともに、福山の第4高炉も2027年度に完全休止する発表を行うなど、効率的な将来の生産能力削減を決めた。4 16
原料炭への投資:脱炭素化に矛盾?
JFEは、2024年8月に原料炭の安定調達を図るためオーストラリアのBlackwater炭鉱へ出資すると発表し、第8次中期経営計画では引き続き原料権益の取得も検討していると明らかにした。2 17 この投資は、同炭鉱が算出する高品質原料炭は不純分が少なく一般的な原料炭よりも製鉄時のCO2排出量を低減できる点に加え、世界的に今後需要の高まるとされるコークスを安定的に調達する観点から行われた。18これはJFEがBF-BOFによる鉄鋼生産を今後も長期にわたり継続する意向であると示唆するもので、同社が掲げる脱炭素化対策の全体的な整合性に疑念を生じさせる動きであった。また、カーボンリサイクルBFにはこの炭鉱が産出するような高品質原料炭が不可欠とされているものの、実用化までにまだ時間を要することから、早期に実用化できなければ脱炭素化目標の達成を困難にしかねない。18なおTransition Asiaの分析では、この炭鉱権益の取得にかかる投資 1米ドルあたりの年間排出原単位は、2023年度末時点で同社にかかる株式投資 1米ドルあたりの年間排出原単位に比して1.6倍以上と導かれている。1
脱炭素戦略の透明性と実効性に関する評価
脱炭素化への取り組み状況を見ると、削減目標や政策エンゲージメントにおいて一定の開示は見られるが、脱炭素技術に関連する具体的な投資の総額やタイムラインといった詳細、GHG排出削減目標達成の実効性をどのように担保していくのかについては未だ不明確なままである。より高い透明性と説明責任が求められる。
スコープ1~3の目標設定、脱炭素化に要する投資額・時期の開示
既述したように、JFEスチールは2027年度と2030年度を期限としてスコープ1と2のCO2排出量削減目標を設定し、2050年度にはカーボンニュートラルを達成するとしている。3スコープ3に関しても一部のカテゴリーは排出量が開示されているが、具体的な削減目標は公表されていない。また、子会社や関連会社を含めたJFEホールディングス全体の明確な排出削減目標も示されていない。さらに、上述した脱炭素化のための3技術に関しては、2035年ごろまでに技術開発の目途をつけ、残る各地区に有するBFについてもプロセス転換の大まかな時期を明らかにしているものの、1基当たりに要する投資額など詳細は示されていない。各技術をそれぞれ何基ずつ導入するかも、水素や電力の価格・安定性・供給網やグリーン鋼材の需要などを踏まえて決めるとして未だ不明である。2 5
GHG削減目標に連動した報酬体系
JFEでは既に、気候変動に関する指標に連動した役員報酬体系が導入されている。19この指標は、JFEスチールでは「CO2削減目標の達成度」(75%)と「環境配慮型商品・技術の市場投入・実装化目標」(25%)の2つについて、それぞれの達成度で算出され、排出量の削減が重要な指標であることが分かる。20JFEホールディングス全体の設定においても、JFEスチールの達成度が全体の70%を占めており、排出量の削減がグループ全体としても重要な指標になっている。ただ、JFEスチールのCO2排出量がグループ全体のCO2排出量に占める割合は9割以上であることから、JFEホールディングスの役員報酬のベースとなる指標の観点では、鉄鋼事業の気候変動に及ぼす影響度が正しく反映されていない。21脱炭素化のさらなる促進に向けて一層野心的なKPIの設定が求められる。
気候変動対策に関するエンゲージメント
GX政策やエネルギー政策に対して政府の審議会などを通じた働きかけの内容と、それがどのように政策等に反映されたのかを明らかにしている。2また、「グリーン」鋼材の市場創出に向けて日本鉄鋼連盟(JISF)や世界鉄鋼協会(worldsteel)と連携し、ISOやGHGプロトコルにアプローチしつつ、マスバランス方式の国際標準化やルールメイキングを行っていることも明らかにした。22このような開示は歓迎すべきではあるが、鉄鋼業の脱炭素化に不可欠である再エネの調達に関しては具体的な取り組みや情報開示が行われていない点には注意が必要である。
脱炭素化のために求められる今後の取り組み
製鉄プロセスのさらなる脱炭素化を
JFEは、現在のBF7基体制から2028年度にはBF5基+電炉1基体制に移ることを公表している。BFの排出量は同社の排出量に大きく影響を及ぼしているため、脱炭素化目標の達成にはEAFへの転換をさらに進めることが大きな鍵となる。
再エネの積極的な調達を
JFEは政府の審議会では脱炭素電源や水素・アンモニアの安価で安定的な供給の必要性を主張している一方、再エネへの具体的な調達方針などは明らかにしておらず、代わりに原子力を有望視している様子がうかがえる。Transition Asiaの分析では系統電力を用いたEAF鋼材1tあたりの排出原単位は0.33tCO2であるのに対して、再エネ100%の場合にはその値が0.1〜0.05tCO2にまで下がることが示されている。23このように、EAFの転換による脱炭素効果を最大限発揮するためには再エネの活用が不可欠であることを踏まえると、原料への投資だけでなく、PPAなどによる再エネ電源への投資も必要となる。特に、洋上風力に関しては、洋上風力発電向け鋼材の生産を始めているだけでなく、O&M事業などにも進出しグループ一貫でサプライチェーンの構築に取り組んでいることから、この優位性を活かして同社の脱炭素化にも寄与することが望まれる。2 3
国際的に認められるグリーンスチールの生産・販売を
JFEは現在、BF-BOFプロセスに投入するスクラップ量を増やすことを通じてGHGを削減し、その削減したGHG排出量を任意の鋼材に割り当てるマスバランス方式に基づいて、JGreeXといういわゆる低炭素鋼材を生産・販売している。24また、「GX推進のためのグリーン鉄」として政府も需要拡大に向けた様々な支援の対象と位置づけているところである。しかし、マスバランス方式はグリーンウォッシュであるなどとの批判がなされているだけでなく、国の審議会においてもEU-CBAMなどに対しては現状は適合できないと認識されており、国際的に「グリーンな」鋼材として認められるかはまだ判断できない。25さらに、EAF鋼材がスクラップを原料としておりそれが必要不可欠な資源であることを踏まえると、BF-BOFプロセスに投入するスクラップを増やすことは、将来的に同社が進める脱炭素技術の1つであるEAFの運用にも影響を及ぼす可能性がある。したがって、座礁資産と化すおそれがあり、かつ排出原単位の大きいBF-BOFプロセスに頼るのではなく、スクラップに加えてDRIやHBIを用いたEAF鋼材の生産・販売を積極的に行い、国際的にも認められる、議論の余地のないグリーンスチールを世界に率先して普及させていくことが求められる。
文末脚注
- https://transitionasia.org/2024-sustainability-report-updates-jfe-holdings/?lang=ja
- https://www.jfe-holdings.co.jp/uploads/2024-chuuki.pdf
- https://www.jfe-holdings.co.jp/common/pdf/sustainability/data/2024/sustainability_2024_j_A3.pdf
- https://www.jfe-holdings.co.jp/common/pdf/investor/climate/environmental-management-strategy250529-01.pdf
- https://www.jfe-holdings.co.jp/common/pdf/sustainability/data/2024/sustainability_2024_j_A3.pdf
- https://www.jfe-holdings.co.jp/common/pdf/investor/climate/2020-environmental-management-vision210525-01.pdf
- https://www.greins.jp/en/technology/technology04/
- このプロジェクトは最初はガスベースのHBIから開始されるが、将来的には水素ベースのものに移行する可能性もあるとされているhttps://www.itochu.co.jp/en/news/press/2022/220901.html
- https://stegra.com/news-and-stories/h2-green-steel-has-pre-sold-over-15-million-tonnes-of-green-steel-to-customers
- https://www.bbac.com.cn/EN/NewsEN/CNewsEN/3099.html
- https://www.prnewswire.com/apac/news-releases/posco-holdings-takes-first-step-in-developing-40-000-tons-of-green-hydrogen-production-in-western-australia-301959009.html
- https://sustainability.posco.co.kr/S91/S91F10/eng/UI-PK_W009.do
- https://sii.or.jp/koujou05r/uploads/r5h_kj_koufuketteianken_2.pdf
- https://www.jfe-steel.co.jp/release/2024/12/241220-4.html
- https://www.jfe-steel.co.jp/en/release/2025/04/250410.html
- https://www.jfe-steel.co.jp/release/2025/04/250402.html
- https://www.jfe-steel.co.jp/en/release/2025/03/250331.html
- https://www.jfe-steel.co.jp/en/release/2024/08/240822.html
- https://www.jfe-holdings.co.jp/release/2023/0329/000233/
- https://www.jfe-holdings.co.jp/en/sustainability/governance/governance/#reward
- https://www.jfe-holdings.co.jp/en/common/pdf/sustainability/data/2024/2024_07_01.pdf
- https://azcms.ir-service.net/DATA/5411/ir/140120250507533076.pdf
- https://transitionasia.org/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e9%9b%bb%e7%82%89%e8%a3%bd%e9%89%84-%e4%bd%8e%e7%82%ad%e7%b4%a0%e6%88%90%e9%95%b7%e3%81%b8%e3%81%ae%e6%ba%96%e5%82%99%e6%95%b4%e3%81%86/?lang=ja
- https://www.jfe-steel.co.jp/en/products/jgreex/index.html
- https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/gx_carbon_footprint/pdf/001_04_00.pdf
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著者

ケンタ・クボカワ
日本アナリスト

ESGジュニアリサーチフェロー(日本担当)