日本製鉄‐脱炭素化ケーススタディ:H2-DRI-EAFの2例、鉄鋼業界の新たな地平
はじめに
日本の鉄鋼業界の脱炭素化には、中国に対する競争力の維持、移行に必要な資金の確保、主要な天然資源がないという日本の地理的特徴を考慮した戦略立案といった重要な課題への対応がある。
Transition Asiaは、技術分野の専門家と協力して、こうした課題を明らかにし、その解決に向けて各社が投資家や政府の支援を得られるようなモデリングや分析を作成している。
日本製鉄のためにH2-DRI-EAF(インドでの生産)とH2-DRI-HBI-EAF(HBIをインドから日本へ輸送)の選択肢をモデリングした結果、アルセロール・ミタルとの合弁事業は中国との競争戦略の土台となる大きなチャンスになると考えられる。
日本製鉄とその投資家が設備投資(CAPEX)について懸念するのは当然であり、同社のロビー活動を支援するためにさらなる分析を行いたいと考えている。予備的分析では、日本製鉄が求めてきた173億ドルの補助金では足りず、334億ドル近い資金が必要となることが示された。
ケーススタディ分析
- Transition Asiaは、グローバルな専門家と共に、中国と日本の鉄鋼企業に関して投資家向けに鉄鋼技術の移行分析を行っている専門組織である。
- Transition Zeroとオックスフォード大学との共同作業により、日本製鉄の展望と実現可能な戦略に基づいた議論を行うため、DRI-EAFの生産モデルを開発した。
- このモデルは現在進行中であり、オープンソースで公開される予定である。
- 日本製鉄の視点が確実に考慮されるように、設計とセットアップに関する初期の議論を歓迎し、企業が技術的な移行で直面する主な課題に対処するための意見交換を行いたいと考えている。
- 我々は日本および新しい鉄鋼マップに関していくつか洞察を行った。これはその洞察に対するフォローアップ分析である。
インドを起点とするH2-DRI-EAF
日本製鉄にとっては、これは存亡の危機ではなくチャンスであり、同社のビジネスや企業戦略にも反映され始めている。我々のこれまでの分析では、インドはH2-DRI-EAFにおいて中国に対する競争力を有している。同じことがArcelorMittal Nippon Steel Indiaにも言うことができる。
日本経済は成熟期を終え(ポスト成熟期)、鉄鋼需要は減少している(人口や総排出量など多くの指標が横ばい)。そこで日本製鉄は「単体での営業利益を確保する構造的転換 (Tectonic Shift to Secure Non-consolidated Operating Profit)」を図っている。日本製鉄は、合弁事業や海外事業の買収を成功させ、広範な事業基盤を構築してきた。本分析では、ビジネスチャンスと新技術を他所に求めるこうした戦略を検証する。
アイランド型エネルギーシステムに用いられる大規模な再生可能エネルギー由来の電力は、現時点で日本よりもインドの方が信頼性が高く、はるかに安価である。日本でも、2023年に日本製鉄の既存EAF設備を皮切りに「グリーン・スチール」を導入し、2030年までにDRIを処理できる新しい「大規模(ハイブリッド)EAF」に投資すれば、海外展開との間に一気通貫性を持たせられる可能性がある。
輸送は重要な要素であり、今回はこれについてもモデリングしている。高炉(BF)-転炉(BOF)プロセスによって高度に統合された製鉄所が誕生する一方で、EAF向けのDRI を高温で圧縮してホットブリケットアイアン(HBI:Hot Briquetted Iron)に変え、鉄鉱石と同程度の限界費用で貯蔵・輸送することも可能になった。この点はある興味深い戦略的な見通しを提起している。つまり日本製鉄がHBIの生産をEAFによる製鋼から切り離し、日本のグリーンスチール市場のために後者を拡大すること(印ハジラでHBIを処理し日本へ出荷するなど)が可能だということである。
ケーススタディ
この文脈で、我々は日本製鉄のH2-DRI-EAF(インドでの生産)とH2-DRI-HBI-EAF(HBIをインドから日本へ輸送)の選択肢についてモデリングを進めている。後者では、インドでH2-DRIの生産と特にエネルギー集約的な水素電解に対応したアイランド型エネルギーシステムを統合しつつ、HBIを日本のEAF設備に輸送する。
ケーススタディ 1 | ケーススタディ2 |
インドにおけるH2-DRI
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インドにおけるH2-DRI
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高温のDRIを統合型EAFに投入
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HBIの処理と輸送 |
アイランド型システムと再生可能エネルギー由来電力 | 低温のHBIを日本のEAFに投入
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概要
ケーススタディ 1 | ケーススタディ 2 | |
H2 DRIの想定 |
インド | インド/日本 |
H2 DRIチャート | $/t プロセスからの排出量なし* |
ケーススタディ 1と同様* |
EAFの想定 |
インド、統合型 | 日本、HBI処理とハジラから名古屋までの輸送を含む |
EAFチャート | $/t プロセスの総排出量 |
$/t プロセスの総排出量 |
* 後のスライドなし
ケーススタディ 1 - インド、DRI
図1 – DRI1トン当たりのコストを示す滝グラフ(インド)
ケーススタディ 1 - インド、 EAF
図2 – EAFを用いた製鋼1トン当たりのコストの滝グラフ(インド)
ケーススタディ 1 - インド、総排出量
図3 – DRI1トン当たりの排出量の滝グラフ(インド)
ケーススタディ 2 - インド/日本、EAF $/t
図4 – EAFを用いた生産1トン当たりのコストの滝グラフ(日本、DRIはインドで生産)
ケーススタディ 2 - インド/日本、総排出量
図5 – EAFを用いた生産1トン当たりの排出量の滝グラフ(日本、DRIはインドで生産)
感度解析
図6 – DRIとEAFのロケーション別鉄鋼1トン当たりコストの感度解析
感度解析、日本のEAF
図7 – DRIとEAFのCO2排出原単位と電力価格に対する鉄鋼1トン当たりのコストの感度解析(ロケーション別)
図8 – CO2排出原単位と電力価格に対する鉄鋼1トン当たりの排出量の感度解析(DRIとEAFの場合、ロケーション別)
設備投資(CAPEX)
- 今回のケーススタディでは、電解槽、DRIシャフト、EAFへの設備投資は対象外とした。
- 電解槽への設備投資が特に大きい。
- ヒホン(スペイン)のアルセロール・ミタルやリンツのフェーストアルピネと同様、水素の生産に係る設備投資は自社でまかない、再生可能エネルギーによる発電の設備投資は外部からまかなうと想定している。
- 年間4,000万トンの鉄鋼生産に必要な設備をゼロベースから導入すると想定した場合、334億ドル規模になる。
- この額はすべて現在の価格で新技術を利用する場合を想定しているが、日本製鉄の補助金要請額173億ドル [1]を大幅に上回る。
- 業界からのフィードバックをもとにさらなる分析を行う予定。
比較のまとめ
図9 – ケーススタディ1&2、鉄鋼1トン当たりの価格とCO2排出原単位の比較
その他の考えられるケース
ケーススタディ3?
インドにおけるH2-DRI
- 電解槽への設備投資(CAPEX)
- 水素由来電力のコスト
- 鉄鉱石のコスト
HBI処理と輸送
低温のHBIをタイのEAFに投入
- EAFへの設備投資
- スクラップのコスト
- DRIおよびHBIのコスト
- PPAによる再生可能エネルギー由来電力の投入
用語集
DRI(Direct Reduced Iron): | 直接還元鉄 |
EAF(Electric Arc Furnace): | 電炉 |
H2-DRI-EAF: | 水素直接還元鉄(H2 DRI)を用いた電炉による製鋼法 |
H2-DRI-HBI-EAF: | 水素直接還元鉄(H2 DRI)をHBIに転換したのちにEAFで行う製鋼法 |
HBI : | ホットブリケットアイアン…DRIを貯蔵・輸送しやすくしたもの |
PPA(Power Purchase Agreement): | 電力購入契約 |
作者
ボニー・ズオ、けんきゅうこうもくしゅかん
久保川 健太、日本アナリスト
ローレン・ヒューレット、プログラムマネージャー兼投資主担当