
日本鉄鋼業界のトランジション、障壁はスクラップ供給にあらず
日本におけるスクラップの供給
日本鉄鋼業の脱炭素化を加速する最も即効性のある戦略は、スクラップを活用した電炉(EAF)による生産への移行である。この転換においては、スクラップの供給量が十分に確保できるかという課題がよく指摘される。確かにスクラップリサイクルの改善は不可欠であるが、スクラップの供給は、EAFへの移行に関して一般的に考えられているほど大きな障害にはならないこともあり得る。
日本の老廃スクラップは平均回収率が約1.7%となっている。1 日本は世界で最も鉄鋼蓄積量が多い国の1つであり、スクラップの純輸出国でもあることから、当面はスクラップ不足の問題を抱えることはない。これは、日本のスクラップ価格が世界平均よりも安いことにも表れている。
一方で日本の粗鋼生産量は今後減少すると予測されている。それに伴い、特に自家発生スクラップや加工スクラップといった、粗鋼生産と密接に関連するスクラップの発生量も減少する。スクラップの需給バランスは、粗鋼生産量の変動に応じて変化していくことになる。2
需要への対応、スクラップ回収率のわずかな調整で可能に
図1に示されているように、日本の2050年のスクラップ供給量は、粗鋼生産量と老廃スクラップの回収率に左右される。近年と同じペースで回収率の低下が続くと仮定した場合、粗鋼生産量が比較的高水準を維持すれば、約630万トン/年のスクラップ不足が発生する可能性がある。一方、粗鋼生産量が4000万トン/年まで減少すると、スクラップの供給量が需要を上回り約390万トンの余剰が生じる。中位シナリオで生産量を5800万トンとすると、予測される不足量は約130万トン/年となるが、この中位シナリオでは、2050年度の回収率が1.3%以上(2022年度は1.7%)であれば、スクラップ供給が不足するリスクは低いと示された。
図1: 予測されるスクラップの発生量と需給バランス
国内の粗鋼生産量と強い相関関係を有するのはEAFよりも高炉-転炉(BF-BOF)法であるため、粗鋼生産量の減少は特にBF-BOFで使われるスクラップの需要を減退させ、スクラップ不足のリスクを低減することになる。反対に、生産量が高水準で維持されると、スクラップ需要も高まり、不足リスクが高まる。また、回収率の低下を抑制することで老廃スクラップの発生量の減少を抑え、スクラップ不足の発生を防ぐ、またはその影響を大幅に軽減することも可能である。
表1: スクラップ不足を回避するために必要な回収率
シナリオ | 2022 | 2030 | 2040 | 2050 |
上位 | 1.68% | 1.81% | 1.73% | 1.60% |
中位 | 1.68% | 1.59% | 1.44% | 1.29% |
下位 | 1.68% | 1.38% | 1.15% | 0.99% |
出典: TA analysis 5 6
現在、日本鉄鋼連盟(JISF)は、スクラップ需要の急増を見据え、2030年までに国内におけるスクラップ循環量を約690万トン/年増加させる目標を掲げている。7JISFは新たなインセンティブ制度の導入や高品質スクラップを生み出すためのインフラ整備を通じてこの目標を達成する方針である。スクラップ不足が最も深刻となる上位シナリオにおいても、この取り組みが実現すれば630万トンの不足(2050年)を補うことは十分に可能で、EAFにスクラップを回す余地も残る。さらに、今回の分析ではEAFにおける直接還元鉄(DRI)の投入増を考慮しなかった。したがって鉄鋼メーカーがDRIの利用を増やした場合は、実際のスクラップ需要はさらに小さくなる可能性もある。神戸製鋼所がオマーンのドゥクムにあるDRIプラントから、JFEスチールがUAEのDRIプラントから、それぞれホットブリケットアイアン(HBI)を調達する計画を進めているように、国際的な鉄鋼企業は海外からHBIを輸入する動きを進めていることから、将来的に著しく供給量が減少すると予想される自家発生スクラップや加工スクラップの不足を補うことにつながりうる。8 9
国内のEAFの脱炭素化の鍵は再生可能エネルギー
日本国内のスクラップ供給は当面の間、その流動性が比較的保たれる可能性が高く、スクラップ回収率もわずかな調整で需要の変動に対応できる。したがって日本のEAF群の脱炭素化における最大の課題は、スクラップ供給量というよりむしろ、コスト競争力を有しつつ安定供給可能な、ゼロカーボンの再生可能エネルギーをいかに確保するかにある。10 11
文末脚注
- 老廃スクラップの回収率とは、日本国内で使用され、現在何らかの形で国内に残っている鉄の総量(鉄鋼蓄積量)に対して、解体などを経て老廃スクラップとして回収される割合のことである。https://www.jisri.or.jp/english/recycle/technology.html
- https://transitionasia.org/scrap-steel-explainer/
- 本分析におけるスクラップ供給の予測は、老廃スクラップの回収率が現在のペースで低下し続けることを前提としている。また、スクラップの輸出量は考慮に入れていない。
- 2019年度の粗鋼生産量(9840万トン)を基にに行われた日鉄総研の予測によると、2050年の粗鋼生産量は4190万~9050万トンの範囲となり、スクラップ不足は400万~1100万トンに達すると見込まれている。しかし、粗鋼生産量はすでに2023年度には8680万トンまで減少している。https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2021FY/000080.pdf
- 回収率が現在のペースで低下し続けた場合、2030年には1.56%、2040年には1.38%、2050年には1.22%にまで低下すると推計される。
- 本分析では、以下の3つのシナリオを設定した。
- 上位シナリオ:粗鋼生産に占めるBF-BOFルートの割合が変わらず、既に発表されている設備転換(電炉化やBF-BOF設備の閉鎖)以外には追加の変更が行われないことを想定。下位シナリオ:パンデミック期間を除いた過去10年間の粗鋼生産の年平均減少率が今後も継続することを想定。中位シナリオ:上位シナリオと下位シナリオの平均的な推移をたどるものと想定。
- https://www.cps.go.jp/goalsetting/a0EGA00000bULZn2AO/gs00000225
- https://www.kobelco.co.jp/english/releases/1211747_15581.html
- https://www.itochu.co.jp/en/news/press/2022/220901.html
- https://transitionasia.org/japan-7-strategic-energy-plan/
- https://transitionasia.org/japanese-eaf-steel/
データと免責事項
この分析は、情報提供のみを目的としたものであり、投資アドバイスを行うものではなく、投資判断の根拠となるものでもない。この報告書は、評価対象企業が自己申告した公開情報に対する執筆者の見解と解釈を表したものである。企業の報告については参考文献を掲載しているが、執筆者はそれらの企業が提供する公開の自己申告情報を検証することはしなかった。従って、執筆者は本報告書におけるすべての情報の事実の正確性を保証するものではない。執筆者およびTransition Asiaは、本報告書に関連して第三者が使用または公表した情報に関して、いかなる責任も負わないことを明示する。
Author

菅野 聖
ESGジュニアリサーチフェロー(日本担当)