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日本の電炉製鉄 – 低炭素成長への準備整う

要点

1.日本の鉄鋼生産のうち、約4分の1は電気アーク炉(EAF)によるものである。30社以上に上る様々な規模のEAF鉄鋼メーカーが幅広いタイプの製品、高品質のものも含めて生産しており、米国と同様に生産ピークを越えた国として日本国内での低炭素鉄鋼の拡大に適した環境が整ってきている。

 

2. EAF鉄鋼メーカーが生産するグリーンスチールが市場に現れ始めている。EAF鉄鋼メーカーが生産している本当の意味での低炭素鋼は国内生産であるうえに、いわゆる「マスバランス製品」とは違って、排出量に関する国際的な税・賦課金体系への適合性が明確で、議論の余地も少ない。

 

3. 鉄鋼セクターにおける短期的な脱炭素化にとっては、スクラップを原料とし、100%再生可能エネルギー(再エネ)で稼働するEAFがキーとなる。日本のEAFは排出原単位で世界平均を下回っている一方、IEAが示す低炭素鋼の基準値は超過してしまっているため、明らかにさらなる低減の必要性がある。政策面でも、EAFによる生産の重要性をさらに認識・後押しするための政策が求められる。

 

4. 現在の政策は電炉の拡大や電炉メーカーへの支援に乏しく、脱炭素政策の多くが排出量がきわめて多い高炉-転炉法(BF-BOF)を採用している大規模な一貫製鉄メーカーを優先するものである。したがって、わずかに創設された電炉向け支援策でさえ、大手BF鉄鋼メーカーが恩恵を受ける構造になっている。例えば、JFEスチールが倉敷市の西日本製鉄所に建設する年間200万トン規模の電炉に対しても、政府の補助金が提供されているが、電炉メーカーが保有する既存の電炉にかかる改修・更新には支援がない。

はじめに

鉄鋼セクターの脱炭素化で短期的にキーとなるのは、世界的にも日本に限った文脈においても、電気アーク炉(EAF)による鉄鋼生産である。Transition AsiaはこのEAFについてそのマーケットや原料、脱炭素ポテンシャル、製品のマーケティングに係る状況などを解説する。

EAF鉄鋼メーカーの生産量

日本では、EAFによる粗鋼生産量は安定的で、少なくとも過去27年間は全体の粗鋼生産量のうち約25%を占める水準で推移している1日本は31社ほどのEAF鉄鋼メーカーを有するが、過半数は中小規模で、高炉‐転炉法(BF-BOF)による生産を行う大規模鉄鋼メーカーが日本全体の粗鋼生産量の多くを占める。

 

EAF鉄鋼メーカーのうちトップ5、東京製鐵・共栄製鋼・合同製鐵・中山製鋼所・ヤマトスチールの粗鋼生産量は、日本全体の粗鋼生産量のうちおよそ10%にあたる。この生産量は大手BF鉄鋼メーカーの1つ神戸製鋼所の生産量に匹敵し、すべてのEAF鉄鋼メーカーの生産量を合わせると、日本第2位の規模を持つJFEの粗鋼生産量と同程度に達する2

 

図 1: BF-BOF と EAF が粗鋼生産量に占める割合 2013年-2023年

出典: 日本鉄源協会1

 

生産能力について最近目を引くのは、JFEが倉敷で進める年産能力200万トンクラスのEAF新設プロジェクトである。投資額は約3,294億円と推計され、うち政府から最大1,045億円が支援されることになっている3新設されるEAFでは高品質な鋼板の生産が行われるが、その開始時期は2027年度以降で、現時点で建造中のEAFに限っていえば、日本以外のG7各国の合計生産能力1,420万トン/年に対して日本はわずか10万トン/年にとどまっている4

この文脈では、米国との比較が特に役立つ。米国は日本と同様、既に鉄鋼生産のピークを過ぎた国として、BF-BOFからEAFによる生産に切り替えてきた。EAFが全体の粗鋼生産量に占める割合は68%(5600万トン以上)に達しているが、それだけでなく、EAFは弾力的な運用が可能で、2023年から2025年末までに1,600万トンの生産能力が増強される見込みとなっている5 6 

製品の種類

製品の種類はメーカーによって幅広く、EAFで生産された鉄鋼が様々な業界の要求に対応できる能力を有することを証明している(図1)7主力製品である棒鋼やH形鋼は建設業でよく使われ、2018年時点における日本での受注量は棒鋼が730万トン、H形鋼は370万トンと、市場占有率はそれぞれ98%、61%に達する8他方、EAFによって生産される鉄鋼に種類の制限はなくなってきており、一部EAF鉄鋼メーカーは従来はBF-BOF法でしか生産できないとされてきた鋼板や薄板の生産にも乗り出している。

 

この動きはEAFで生産される鉄鋼が幅広い仕様要求に応えられる能力を持っているということだけでなく、BF-BOF法による鋼材に品質で劣ることなく多用途に用いることができることをも示している9

 

図 2: EAF鉄鋼メーカーが生産する製品群

 

出典: 東京製鐵7

原料

日本のスクラップ市場

国内EAF鉄鋼メーカーはスクラップを原料として生産を行っており、スクラップは次の3つのカテゴリーに大別される。すなわち製鉄所における鉄鋼生産の際に発生する自家発生スクラップ、下工程(例えば自動車や造船の生産拠点)で鉄鋼を加工する際に発生する加工スクラップ、そして解体された橋梁や建物、廃車などから回収される老廃スクラップである10このうち、自家発生スクラップと加工スクラップは老廃スクラップに比べて高品質なスクラップとみなされる。自家発生スクラップの量は粗鋼生産量と直接リンクしていて、鉄鋼の加工量に左右される加工スクラップもいわゆるアウトプット、粗鋼生産量と関係している。一方、老廃スクラップの量は、既に社会で使用されている鉄鋼製品がどの程度回収されるかによる。

 

図 3: 国内鉄鋼蓄積量と老廃スクラップ回収率、 1971年-2022年

 

出典: 日本鉄源協会 12

 

日本国内の鉄鋼蓄積量は約14億トンと過去50年でおよそ3.9倍増加し、過去5年でも年平均790万トンずつ増えている 11 12ただし、蓄積量は今後も増加すると予想される一方で、回収率は低下していて、過去15年間の老廃スクラップ量は約2,700万トンから約1,800万トンに減少した(図3)。

 

現在は1年間におよそ3,700万トンのスクラップが発生しているが、うち自家発生スクラップが30%、加工スクラップが20%、残りの50%を老廃スクラップが占める13 3,700万トンのうち85%が鉄鋼生産向けに国内で循環しており、85%のうち70%をEAF鉄鋼メーカーが利用している。輸出分を除くと、スクラップの国内需給は今のところバランスが取れている。

 

図 4: 鉄のリサイクルとスクラップ需給、2023年度

 

出典: 日本鉄鋼連盟、日本鉄源協会1 2 13

 

2018年から2023年の間、日本から輸出されたスクラップは平均して82%が老廃スクラップで、18%が加工スクラップだった。つまり、比較的品質が低いスクラップが輸出に回されていることがわかる15この時期の日本は年平均のスクラップ輸出量で世界第4位、輸出先は韓国が44%、28%がベトナム、10%が台湾と、主にアジア諸国向けだった16輸入先の視点からみてみると日本のスクラップは重要な位置を占めていて、韓国が輸入したスクラップのうち68%が日本から、中国でも65%が日本のスクラップだった。台湾とマレーシアもそのスクラップ輸入総量のうちそれぞれ22%、25%が日本からである。これは日本が輸出するスクラップが地域全体のEAFを後押しする重要な役割を担っていることを意味する。

 

スクラップの量は国内の粗鋼生産量と密接に関連している。日本では粗鋼生産量が減少しているため、スクラップの循環や輸出にはいくつか課題や示唆するものが浮かび上がってくる。国内の粗鋼生産量が減少すればスクラップの発生、特に自家発生スクラップと加工スクラップの量も減少するからである。

 

スクラップの種類を詳細にみていくと例えばHSやH1と呼ばれる高品質スクラップの量は過去10年間、比較的安定している17 18 19 20 他方、低品質なスクラップ、例えばH3やH4のカテゴリーがスクラップ量全体に占める割合は5.4%も増加している21結果として低品質スクラップが第一の消費者、つまり鉄鋼業界、特にEAF鉄鋼メーカーによってさらに多く利用される状況となっている。これは1つには、EAF鉄鋼メーカーの技術力が大きく向上し、またスクラップの選別や処理の改善によって低品質スクラップからでも安定した品質の鉄鋼製品を生産できるようになったことがある。

 

図 5: 国内で購入されるスクラップの種類と全体に占める割合

 

出典: 日本鉄源協会 17 18 19 20

日本の電力と PPA

31社に上るEAF鉄鋼メーカーのうち、9社が既に再生可能エネルギー(再エネ)由来の電力調達において、自家発電やオンサイトPPA(電力購入契約)といった方法を通じて先を進み始めている22 23 24 25 26 27 28 29 30 また、もう2社が同様に再エネ由来電力の調達計画を発表済みである。他にも数社が同じような、例えば太陽光発電の導入といった方策を検討しており、排出量削減にコミットするEAF鉄鋼メーカーが増加していることを示している。

 

JFEが倉敷で進めるEAF新設プロジェクトのように年産200万トンクラスのEAF1基が生産できる粗鋼は、世界平均の稼働率85%を用いた場合、170万トン/年となる33グリーンスチールに係るコストを算出したTransition Asiaのモデルでは、原料を100%スクラップとすると電力消費量は粗鋼1トンあたり約450KWhで、1年間の合計では0.76TWhと示された。これは太陽光発電の容量としては667 MWにあたる(24時間通じての安定供給は考えない場合)。34

 

現時点で入手できる情報では、再エネ調達を開始または計画しているEAF鉄鋼メーカーのプロジェクトは太陽光のみに限られている。ただ、その発電量は全体の電力消費量の0.1%、29.1GWhにすぎない。これは多くのEAF鉄鋼メーカーが再エネ調達を増やそうとしているものの、ほとんどの電力供給を温室効果ガス(GHG)の排出を伴う既存の電力系統に頼っているということを意味する。

 

図 6: 再エネを調達・計画中の国内EAF鉄鋼メーカーの数と導入容量

出典: 各社のウェブサイトを参考にTransition Asiaが作成

 

日本では利用可能な土地面積に関する懸念を抱えつつも、太陽光が成長を続けてきた。また、第7次エネルギー基本計画では風力発電市場も加速させる必要があるとされた35

 

ここで留意すべきは、現時点で日本におけるオフサイトPPAの大半が25 MW以下の出力のものであるという点である36 37PPAを検討しているEAF鉄鋼メーカーの間では再エネの調達可能な量とそのコストが大きな問題となっている。

 

日本における再エネ調達に係るコストに関しては、特別高圧電力との比較研究によって、J-クレジットや非化石証書を用いる方法は系統電力よりもかなりコスト高であることが分かっている38 39 同様に、オフサイトPPAの一種であるバーチャルPPAも、FIP制度の中であっても高額である。しかし、契約した発電事業者から系統を通じて再エネを調達するフィジカルPPAであれば、プロジェクトごとのLCOE(均等化発電原価)に近いものの、企業にとっては管理コストが高くなる傾向がある。

 

図 7: EU水準のカーボンプライシングを適用した場合における調達方法毎の特別高圧電力平均価格 

 

出典: 自然エネルギー財団39 44 45、 Ember40

 

バーチャルPPAは現時点では系統電力より高額だが、将来においてはコスト競争力のある電力源になるポテンシャルがある。これは2033年にまず発電部門から開始されるGX-ETS(排出量取引)の段階的な導入による。既に発電部門が規制対象となっているEUにおけるPPAの価格は約30ユーロ/MWh(約4,778円)で、これを日本に当てはめた場合、バーチャルPPAを含めたすべてのPPAの価格は従来の系統電力と比べてもかなり手の届きやすいものとなる。40 41

 

PPA、特に大規模な調達が可能なオフサイトPPAを通じて再エネ由来電力を調達することにより、EAF鉄鋼メーカーは自社の排出量を下げ、国際的な低炭素鋼の基準に合致した製品を生産できるようになるだけでなく、将来起こり得る系統電力の値上がりといったコスト的なリスクや負担も低減できる。このように、再エネ由来電力の調達可能量や調達メカニズムというのはあまり大きな問題ではなくなってきつつある。Transition AsiaがEAF鉄鋼メーカーとの対話で得たところによると、再エネ由来電力調達のボトルネックは、安定供給と規模感のある再エネ由来電力の購入契約が現実的に可能かどうかに絞られてきている。

脱炭素化とEAF

EAF製品の排出量

BF-BOF製鉄プロセスでは、排出されるCO2の95%以上がコークス用石炭の使用によるもので、スコープ1に分類される。42 一方、EAF製鉄プロセスでは、CO2排出の約80%が電力消費に起因するスコープ2に分類され、その排出量は日本の既存電力系統の排出係数(0.45 kgCO2/kWh)に左右される。したがって、EAF鉄鋼メーカーのCO2排出量は、発電に占める化石燃料の割合や、大規模な再エネの確保能力に大きく影響を受ける。

 

日本の主要な一貫製鉄メーカー(BF-BOF方式)は、EAFメーカーと比較して圧倒的に多くのCO2を排出している。これは単に生産規模の違いだけでなく、石炭を還元剤として使用していることが大きな要因となっている。

 

図 8、9: 日本の主要鉄鋼メーカーのCO₂排出量(2023年度)

出典: 各社報告書43 

 

鉄鋼の消費者にとっては、粗鋼1トンあたりの排出原単位(tCO2/tcs)が排出量計算や業界の脱炭素化を測る上でより有益な指標となる。BF-BOF鋼材の排出原単位が1.76 tCO2/tcsであるのに対し、既存の系統電力を使用するEAF鋼材の排出原単位は0.33 tCO2/tcsと、約81%低い。さらに、再エネを使用すれば0.10~0.05 tCO2/tcsにまで削減でき、その削減率は約97%に達する。44 

 

日本の大手EAF鉄鋼メーカー5社の排出原単位が0.28〜0.37 tCO2/tcsの範囲にある一方、大手BF-BOF鉄鋼メーカー3社の排出原単位はクレジット等による削減分の考慮前では2.06〜2.61 tCO2/tcsと高く、EAF鉄鋼メーカーの排出量はBF-BOF鉄鋼メーカーと比べて82〜89%低いことがわかる。45 46 47 48 49 50 51 52 53

 

図 10: 日本の主要EAF鉄鋼メーカーの排出原単位(日本のBF-BOF鉄鋼メーカーおよび世界のEAF平均との比較)

出典: 各社HP, worldsteel37

 

IEAのニアゼロエミッション・スチールの基準によれば、スクラップを使用しない場合においてニアゼロ製品と認められる基準値は0.4 tCO2/tcs、スクラップ100%使用時では0.05 tCO2/tcs以下とされている。しかし、現時点では日本のいずれの企業もこの基準を満たしておらず、さらなる排出原単位の削減が求められる。上述のように、スクラップの確保と再エネ調達が鍵で、これが日本のグリーンスチール市場の成長と脱炭素化にとって最大のチャンスである。

EAF製品のマーケティング

EAF製品の消費者

日本では、EAF鋼材は主に土木・建設分野で用いられる。55そのため、主要なEAF鉄鋼メーカーも建設会社を主要顧客としているが、機械部品や造船業界にも供給を行っている。56 57 58 59 60 さらに、一部のメーカーは将来的に自動車産業への参入を模索している。 61 62例えば、2023年11月、東京製鐵は車体の約70%にスクラップ由来のEAF鋼材を使用した「アップサイクルカー」と呼ばれるEVコンセプトカーを発表した。63このように、EAF鋼材の用途は従来の顧客層を超えて広がっている。

低炭素鋼ブランド

グリーンスチールの需要が高まる中、日本のEAF鉄鋼メーカーも低炭素鋼ブランドを次々と立ち上げており、排出原単位はより低くなっていくとみられる。現時点でも既に、国内では複数の製品が提供されていて、例えば、東京製鐵が「ほぼゼロ」、ヤマトスチールが「+Green™」というグリーンスチールブランドを発表している。64 65  

 

「ほぼゼロ」は非化石証書を活用して生産時の電力由来CO2排出を削減し、排出原単位を約0.1 tCO2/tcsまで低減したものであり、同社によると、従来のBF-BOF鋼材との価格差を表すグリーンスチールプレミアム(GSP)は6%と非常に小さく競争力が高い。ヤマトスチールの「+Green™」は、森林由来のカーボンクレジットとバイオマス発電による非化石証書を活用し、さらにGHG排出量を削減したものである。GSPは未公表だが、東京製鐵と同様の証書を使用しているため、同水準と推測される。これに対し、JFEの「JGreeX」のプレミアムは約40%、神戸製鋼の「Kobenable Steel」のプレミアムは100–200%といわれている。66 67 これは、証書やクレジットを活用したEAFの低炭素鋼材が、コスト面で圧倒的優位にあることを示している。

 

また、2025年度下期には、厚板を製造する数少ないEAF鉄鋼メーカーである中部鋼鈑もグリーンスチールの製造・販売を開始する予定としている。68高級鋼市場でも国内のEAF鉄鋼メーカーとBF-BOF鉄鋼メーカーが直接競争することになり、消費者にとってはスコープ3の排出削減においてコスト効率の良い選択肢が増える。

 

表1: 日本の主要な低炭素鋼ブランドの比較

出典: 各社HP

 

2026年度から開始予定のGX-ETSによって炭素価格が上昇するため、EAF鋼材と従来のBF-BOF鋼材との価格差はさらに縮小し、最終的なコスト削減につながると期待されている。こうした制度がBF-BOF鋼材の価格を押し上げ、EAF鋼材の相対的なコスト競争力を高めると予想されることから、スコープ3の排出量削減を目指す企業にとってEAF鋼材がより魅力的な選択肢となりうる。

低炭素鋼をめぐる政策動向

日本ではBF-BOFプロセスからEAFによる生産への移行を支援するため、クライメート・トランジション利付国債(GX経済移行債)で調達した資金をもとに、設備投資の最大3分の1を政府が補助する制度が始まった。69しかし、既存のEAFや既に行われている現行の生産に向けた支援策は存在していない。EAF鉄鋼メーカーからは既存設備の更新や再投資のための支援を求める声が上がっているが、このような政策が近い将来導入される可能性は低いと考えられる。70 

 

一方、2024年度の税制改革の一環として創設された戦略分野国内生産促進税制は、グリーンスチールの生産・販売を行う企業に対して1トンあたり20,000円(約130米ドル)の控除を提供するとしており、これは有意義なものと解してよい。71ただし、この制度においてもBF-BOF鉄鋼メーカーが生産・販売する製品が主眼となっていて、EAF鋼材が対象となるかどうかは明確になっていない。72

 

また、2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画(7次エネ基)やGX2040ビジョンでは、鉄鋼業に関する具体的な施策はさほど示されておらず、短期的には大きな政策変更はないとみられる。ただTransition Asiaでは、これまでの分析を基に将来的にはEAF鉄鋼メーカーによる脱炭素化の取り組みに影響を与える政策や指針が出てくる可能性があると考えている。

第7次エネルギー基本計画(7次エネ基)

7次エネ基では、再エネが今後の主力電源となり、2040年度までに電力供給の40-50%を占めるとされた。35 Transition Asiaの分析によれば、これによって系統電力を使用するEAF鋼材の排出原単位は0.16 tCO2/tcsまで低下することが示された。これは現在の1/2の水準で、2040年度におけるBF-BOF鋼材の排出原単位に対してわずか9.5%にすぎない。

 

図 11: 7次エネ基に基づくBF-BOF鋼材およびEAF鋼材の排出原単位の変化

出典: 6次エネ基, 7エネ基35, TA analysis

今後はより厳しいカーボンプライシング制度が導入される可能性や、低炭素鋼製品に対する需要の底堅さを背景に、EAFメーカーの競争優位性は明確になっていくと思われる。ただし、既存の系統電力のみを用いた場合は排出原単位の水準が低炭素鋼やゼロカーボンスチールの基準を超えていることから、それだけに頼っていては依然として不十分であるが、再エネへのコミットメントは再エネプロジェクトへの投資を刺激し、EAF鉄鋼メーカーにとって好ましい事業環境につながると期待される。54

グリーントランスフォーメーション (GX)

GX2040ビジョンはグリーントランスフォーメーション(GX)を促進するとして、グリーンスチールも含めた市場創出やカーボンプライシングに言及している。グリーンスチールの普及促進においては公共調達に加えて民間の調達も推奨され、いくつかは既に形となって現れつつある。74例えば、

 

  • 環境省が所管するグリーン購入法の改正により、カーボンフットプリントと排出削減量が明確化された鋼材について、公共部門は供給上の制約などの障壁がない限り優先的に調達するよう定められた。
  • 新たに導入されたGX率先実行宣言の制度では、グリーンスチールといった製品やサービスを積極的に提供・調達している企業の認知度を高めるとともに、低炭素製品・サービスの普及促進を狙い、こうした企業には政府の補助金申請時に行う審査で加点するなどのインセンティブを与える。75
  • クリーンエネルギー⾃動⾞導⼊促進補助⾦(CEV補助金)の要件改正により、自動車メーカーがグリーンスチールを採用した場合に1台あたり5万円の補助金を交付。76

 

この一連の政策においては、BF-BOF鉄鋼メーカーが生産・販売しているものの、世界的にもまだ広く認められた基準等がなく議論の余地が非常に大きい「マスバランス製品」は支援対象として明確に言及されているが、EAF鋼材については明示的な記述が存在せず、支援対象から除外されるおそれがある。支援対象にEAF鋼材を含めるべきだという声は大きく、経済産業省に置かれた「GX推進のためのグリーン鉄研究会」の最終とりまとめ文書でも意見公募でそのような指摘があったと認めているが、政策変更がないとすると、こうした声が反映される機会は限定的となる可能性がある。70 

 

他方、「GX推進のためのグリーン鉄研究会」のとりまとめ文書にはEAF鋼材について具体的な施策は一切明記されなかったものの、「電炉プロセスから得られた鋼材の積極活用や用途拡大にも取り組んでいく必要」があり、「鉄スクラップから電炉プロセスで生産された鋼材についても、可能な限り有効に活用されていくことを図る」ことや、「関係事業者間の更なる連携を通じて、鉄スクラップの有効活用を促進していく」ことは明記されている。74実際にこうした方向性を実現するような政策が導入されれば、EAF鋼材の普及促進に対して大きく寄与すると思われる。

 

また、カーボンプライシング制度の1つであるGX-ETSの概要も明らかになってきた。制度の対象はCO2排出量が年間10万トン以上の企業とされ、鉄鋼業では一部の主要EAF鉄鋼メーカーや全てのBF-BOF鉄鋼企業が含まれる。排出量割当の詳細はまだ不明だが、BF-BOF鉄鋼メーカーの排出量は年間排出量10万トンという基準の20倍以上に上ることから、BF-BOF鉄鋼メーカーに及ぶ影響に比べると、EAF鉄鋼メーカーへの影響は比較的小さいとみられる。また、余った排出枠の売却によってその分EAF鋼材のGSP、つまりコストを相殺できれば、EAF鉄鋼メーカーが大きな利益を享受できる可能性がある。ただ、企業が支出する研究開発費に応じた追加の排出量割当も検討されているところで、この規定がBF-BOF鉄鋼メーカーに適用されるとすれば、「マスバランス製品」も応分に安くなることとなり、EAF鉄鋼メーカーがEAF鋼材に係るGSPを削減してもそれを相殺するような価格設定が可能となってしまうおそれがある。

 

現時点では、EAF鋼材の使用を積極的に促進するための政策や、安価なスクラップが手に入りやすいといった日本の優位性を活かすための政策は導入されていない。しかし、BF-BOF鋼材に比べてEAF鋼材の排出原単位はさらに低下し、7次エネ基とGX2040ビジョン、これに基づく関連政策が実施されるに伴い、EAFが近い将来だけでなく長期的にも日本の脱炭素化に大きく貢献することは間違いない。

提案

1. EAFにおける再生可能エネルギーの利用拡大を

EAF製鉄の脱炭素化ポテンシャルを最大限に引き出すには、再エネによる電力供給が不可欠である。既存系統を通じたPPAは産業用途としては適しているが、現在の系統電力に比べてコスト高となるため、短期的にただちにEAF鉄鋼メーカーにとって魅力的な再エネ調達法とは言えない。しかしながら、これまでの電力価格の推移をみると、LNG価格の急騰といった要因もあり、長期的にはPPAで電力価格をヘッジしたほうがコストが低くすむオプションとなり得る。また、系統電力の価格はETSの導入によってさらに上がるおそれもある。今のところ再エネプロジェクトの数がまだ少なく、系統電力の値上がりによって利益を享受できる事業者もあることがPPA市場の重荷となっているが、EAF鉄鋼メーカーには長期契約者として電力コストをヘッジし自身の事業をさらにグリーンなものとする余地が残されている。

2. EAF鋼材に対する政策的な認識と支援の強化を

スクラップ由来のEAF鋼材は脱炭素の面で明確な利点があるにもかかわらず、政府の政策や支援策は依然として大手の一貫製鉄メーカーだけを優遇するものにとどまっている。EAF鉄鋼メーカーが公平に財政支援やインフラ整備、脱炭素対策に必要な金銭的支援を受けられるよう、公的政策の枠組みにおいて適切な認識を得ることが不可欠である。また、EAF鋼材を「低炭素鋼」の一形態として位置づけ、政府支援のスキームに組み込むことで、他産業に属する幅広い企業のスコープ3排出量の削減にも貢献できる。

3. EAFによる高品質な鋼材製造技術の推進を

EAF鋼材のさらなる普及には、最新のEAF技術を活用し、高品質な鋼材を生産することが鍵となる。最先端の技術を導入することで、従来はBF-BOFでしか生産できなかった鋼材の生産が現実的となり、グリーンスチールの需要増へ対応が可能になるとともに、BF-BOFからの移行を加速させることができる。

4.スクラップのリサイクル強化と安定供給の確保を

EAF鋼材の拡大には、安定した十分なスクラップ供給が不可欠である。EAFへの移行が鉄鋼業の脱炭素化を最も迅速に進める手段であることを踏まえ、スクラップのリサイクルをさらに促進するため回収インフラの整備が求められる。今後、世界的なスクラップ需要の増加や鉄のダウンサイクル化が進む中で、高品質なスクラップの不足が懸念されている。この対策としてはグリーンホットブリケットアイアン(HBI)をはじめとする炭素排出原単位の低い一次鉄源を輸入することを通じてスクラップ不足を補い、高品質な製品の安定供給を確保することが重要となる。

付録 1 - 国内EAF(普通鋼)メーカー

表 1: EAFメーカー各社の主生産品目78

 

付録 2 - 日本のEAF及びグリーンスチールに関する政策の内容とその対象

文末脚注
  1. http://tetsugen.or.jp/kiso/1seisan.htm
  2. https://www.jisf.or.jp/data/seisan/index.html
  3. https://gmk.center/en/news/japans-jfe-steels-eaf-construction-project-receives-state-support/
  4. https://docs.google.com/spreadsheets/d/1F5OvJChAxYgIdFe6UAdQjK-Nzyg7GAZjhFVTyg5_5qU/edit?gid=0#gid=0
  5. https://worldsteel.org/steel-topics/statistics/annual-production-steel-data/
  6. https://www.steelradar.com/en/us-steel-industrys-2024-challenge/
  7. https://www.tokyosteel.co.jp/assets/docs/products/qa.pdf
  8. https://www.jisf.or.jp/data/yoto/documents/FY2018.pdf
  9. EAF製鉄メーカーの全一覧は付録1に掲載
  10. https://transitionasia.org/scrap-steel-explainer/
  11. 鉄鋼蓄積量とは、国内で使用され、現在何らかの形で国内に残っているものを鉄換算した量のことである。

    https://www.jisri.or.jp/english/recycle.html

  12. http://tetsugen.or.jp/kiso/5chikujapan.htm
  13. http://tetsugen.or.jp/kiso/scr_jpn_s&d.htm
  14. https://www.jisf.or.jp/data/jyukyu/documents/jyukyu202408.pdf
  15. http://tetsugen.or.jp/kiso/4expsuku.htm
  16. https://www.issb.co.uk/
  17. https://www.kensetu-bukka.or.jp/article/10497/
  18. http://tetsugen.or.jp/kiso/2016ryuutuu.pdf
  19. http://tetsugen.or.jp/kiso/2019ryuutuu.pdf
  20. http://tetsugen.or.jp/kiso/2023ryuutuu.pdf
  21. https://www.japanmetal.com/gyoukai_link/recycle/dictionary_1.html
  22. https://www.tokyosteel.co.jp/eco/achievement/?SLANG=ja&TLANG=en&XMODE=0&XCHARSET=utf-8&XJSID=0
  23. https://www.osaka-seitetu.co.jp/en/sustainability/environment/
  24. https://kishi-seiko.jp/publics/index/88/
  25. https://www.jfe-bs.co.jp/uploads/20230306.pdf
  26. https://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS04115/1c7d5adc/66e0/4201/9074/b1124d559774/20230929160955697s.pdf
  27. https://www.kohtetsu.jp/csr/contribution/
  28. https://www.tokyotekko.co.jp/ja/csr/report/main/00/teaserItems1/00/file/tougou_2024.pdf
  29. https://www.hokume.co.jp/wp-content/uploads/IR%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B320240516-1.pdf
  30. https://www.kyoeisteel.co.jp/en/ir/library/annual_report/main/06/teaserItems2/0/link/KYOEISTEELINTEGRATEDREPORT2024EN(for%20browsing).pdf
  31. https://www.yamatokogyo.co.jp/en/sustainability/plan/pdf/pdf_initiatives.pdf
  32. https://www.topy.co.jp/en/sustainability/environment/materiality01/products.html
  33. https://www.jfe-steel.co.jp/release/2024/12/241220-4.html
  34. 最新のEAFは、わずか300kWh程度の電力で粗鋼1トンを生産できると言われているが、この場合においても、450MWの容量を持つ太陽光発電設備が必要となる。https://steelplantech.com/assets/pdf/technology/The-Most-Advanced-Power-Saving-Technology-for-EAF-Introduction-of-ECOARCtm-.pdf
  35. https://www.meti.go.jp/press/2024/02/20250218001/20250218001-2.pdf
  36. https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/REI_JPCorporatePPA_2022.pdf
  37. https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/REI_JPCorporatePPA_2024.pdf
  38. https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/RE_Procurement_Guidebook_JP_2025.pdf
  39. https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/REI_CorpPPApricesIP_2024.pdf
  40. https://ember-energy.org/data/european-electricity-prices-and-costs/
  41. ほとんどのPPAの価格は将来の卸売価格に連動していることには注意する必要がある。
  42. https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/sho_energy/kojo_handan/pdf/2022_002_04_01.pdf
  43. データは企業ごとに集計されているが、計算方法は様々で、部分的に不完全な場合がある。たとえば、スコープ 3 排出量のデータは完全であることがほとんどなく、企業によって異なる。
  44. TA analysis.
  45. https://www.tokyosteel.co.jp/eco/achievement/pdf/Tokyo_Steel_Integrated_Report_2023-2024.pdf
  46. https://www.kyoeisteel.co.jp/ja/ir/library/annual_report/main/00/teaserItems2/0/link/kyoeisteelintegratedreport2024_1(JP)_spread.pdf
  47. https://www.godo-steel.co.jp/sustainability/
  48. https://www.nakayama-steel.co.jp/menu/about/NakayamaSteel_Report2024.pdf
  49. https://www.yamatokogyo.co.jp/ir/pdf/yamatokogyo_ir2024_A3.pdf
  50. https://www.nipponsteel.com/common/secure/ir/library/pdf/nsc_jp_ir_2024_all_interactive.pdf
  51. https://www.jfe-holdings.co.jp/en/common/pdf/investor/library/group-report/2024/all.pdf
  52. https://www.kobelco.co.jp/about_kobelco/outline/integrated-reports/files/esg-24_02.pdf
  53. 各社のデータは異なる炭素会計手法に基づいている可能性がある。
  54. https://www3.weforum.org/docs/WEF_FMC_Sector_One_pagers_2024_Steel.pdf
  55. https://www.fudenkou.jp/about/post_1.html
  56. https://www.tokyosteel.co.jp/recruit_career/company/business/
  57. https://www.kyoeisteel.co.jp/ja/ir/library/individual/main/00/teaserItems1/0/linkList/00/link/Kaishaannnai20240625.pdf
  58. https://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS08507/b3bc9610/bcd2/4aef/8311/89d02be0b25d/20240527100453479s.pdf
  59. https://www.godo-steel.co.jp/company/factory_osaka/
  60. https://www.nakayama-steel.co.jp/menu/news/ir_news_archive/240513_1.pdf
  61. https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02736/041100002/
  62. https://www.nakayama-steel.co.jp/menu/news/ir_news_archive/240513_1.pdf
  63. https://www.tokyosteel.co.jp/assets/docs/top/top_20231110-01.pdf
  64. https://www.tokyosteel.co.jp/assets/docs/top/hobozero_release.pdf
  65. https://www.yamatokogyo.co.jp/steel/plusgreen/
  66. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB189IJ0Y3A510C2000000/
  67. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC313WY0R30C24A7000000/
  68. https://www.chubukohan.co.jp/ckCMS/wp-content/uploads/2024/05/24%E4%B8%AD%E6%9C%9F%E7%B5%8C%E5%96%B6%E8%A8%88%E7%94%BB.pdf
  69. https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_budget/gx_HtA.html
  70. https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/green_steel/pdf/005_04_00.pdf
  71. https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5922.htm
  72. 付録2にメカニズムの全一覧を掲載。
  73. https://www.meti.go.jp/press/2021/10/20211022005/20211022005-2.pdf
  74. https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/green_steel/pdf/20250123_2.pdf
  75. https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/green_steel/pdf/004_03_00.pdf
  76. https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/automobile/cev/r6CEV.pdf
  77. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/dai14/siryou2.pdf
  78. 特殊製品(例:ステンレス鋼)を製造するその他のEAF製鉄メーカー(愛知製鋼株式会社、大同特殊鋼株式会社)は除外する。
データと免責事項

この分析は、情報提供のみを目的としたものであり、投資アドバイスを行うものではなく、投資判断の根拠となるものでもない。この報告書は、評価対象企業が自己申告した公開情報に対する執筆者の見解と解釈を表したものである。企業の報告については参考文献を掲載しているが、執筆者はそれらの企業が提供する公開の自己申告情報を検証することはしなかった。従って、執筆者は本報告書におけるすべての情報の事実の正確性を保証するものではない。執筆者およびTransition Asiaは、本報告書に関連して第三者が使用または公表した情報に関して、いかなる責任も負わないことを明示する。

著者

久保川健太

日本アナリスト

著者

菅野 聖

ESGジュニアリサーチフェロー(日本担当)