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日本の鉄鋼メーカーの取り組み:日本製鉄とJFEホールディングスが発表した2022年版 サステナビリティレポートに基づく気候野心と気候行動の比較

鉄鋼メーカーは、徐々にグリーンソリューション(環境に配慮した解決策)への関心を高めているが、短期的な脱炭素化戦略をさらに強化する必要がある。
はじめに

Transition Asiaは、日本の鉄鋼業界の脱炭素化について調査している。株主行動主義の高まりにつれて、日本の2大鉄鋼メーカーであるJFEホールディングスと日本製鉄に注目が集まる中、両社が発表した2022年版サステナビリティレポートに基づき、両社の気候に関する意欲と行動についてまとめたものが本書である。

環境対策の迅速な展開が求められる

私たちは、日本製鉄の2030年までの軌跡をモデリングし、ウェブサイト [1] に投資家向けの概説を示している。[2] 下の比較表では、JFEについても同じ枠組みを展開し、JFEホールディングスおよびJFEスチールも投資家にとって重大な気候リスクとなっており、1.5℃経路(2030年までに気温上昇を1.5℃以内に抑えるための経路)からは、日本製鉄よりもさらに急速に遠ざかっていることを指摘している。

表1 – 2030年までの排出経路の比較 [3]

日本製鉄 JFEホールディングス
排出経路の分析
2030年までを目標とするハイブリッド
電炉(EAF)または
COURSE50のモデリング
あり/あり あり/なし
2030年時点のEAF市場シェア推計値 8% 15%
2030年時点のCO2排出原単位推計値
(鉄鋼1t当たりのCO2換算トン)
1.77 1.92
公表シナリオに基づく2030年の推計排出削減量
(基準年:2013年)
37% 23%
公表シナリオに基づく2030年の推計排出削減量
(基準年:2010年)
10% 19%

両社とも、2030年に向けて気候に関する意欲と行動を強化する必要がある。重要なのは、この経路が2010年を基準年とした排出削減量を用いていることである。両社とも2013年を基準年としているが、この年は鉄鋼生産が例年になく多かったため、結果として排出削減量が多くなっているに過ぎない。2010年の排出量と比較すると、2030年までの排出削減量は極めて不十分である。

図1は、両社とも1.5℃経路に整合できていないことを示している。ここでは、2010年を基準年として、2020年から2030年までの1.5℃経路に対する排出量の相対的なギャップを表している。

230117_JP_01_Ambition_Gap

図1 – 1.5℃経路における目標(2030年まで)と現状のギャップ(基準年:2010年)

我々の分析では、気候変動への積極的な対策を取らなければ 、両社とも向こう10年の終わりまでに1.5℃経路に戻れない可能性が高いことが示された。結果として気候関連のコマーシャルリスク上昇と、投資家や金融機関にとってはいわゆる「金融に係る排出量」(投融資先の排出量)の増加につながる。

さらに、この分析は、両社が脱炭素化のための短期的な解決策を有していない(以下の表2で検証)ことも示している。再生可能エネルギー由来の電力を使ったEAFへの投資と生産を増加させることを通じて、そうした短期的なソリューションが推進されたほうが好ましい。EAFによる生産においては、日本では比較的まとまった量が期待できるスクラップの在庫が好機となるが、もう一つの主要要素である再生可能エネルギー由来の電力は、政府と電力会社から迅速かつ大規模に提供を受ける必要がある。

生産方法に関しては、石炭集約型の「高炉(BF)-転炉(BOF)」方式からEAFへの切り替えが最も簡単で迅速な方法である(BF-BOFは効率性の向上が既に横ばいとなっている)。つまり日本の鉄鋼メーカーが国内・海外にかかわらず新規のBF-BOFに投資するとすれば、それは一般論として、気候に関する意欲にかけているということを意味する。新規に建設したプラントの寿命はどのネットゼロ目標の達成期日よりも長くなることを考えれば、なおさらである。

両社は、再生可能エネルギー由来の電力とグリーン水素を電力販売契約(PPA)または送電網から調達し、できるだけ早く排出量を削減するとともに、EAFによる低炭素な生産を「ダブルダウン(強化)」する必要がある。実現できなければ、2030年に向けた脱炭素化の進展は限定的なものとなる。

気候に関する意欲と行動の比較

以下は、日本製鉄の2022年度版サステナビリティレポート(2022年9月)の発表を受けて、日本製鉄とJFEホールディングスの概要をまとめたものである。データは特に明記しない限り、末尾に示した主な出典から引用している。

表2 – 気候変動への取り組みにおける日本製鉄とJFEの比較

日本製鉄
JFEホールディングス
鉄鋼生産量 [4]
2021年の総鉄鋼生産量(Mt) 49.46 26.85
世界ランキング 4位 13位
気候に関する意欲
排出量削減目標 30% 30%以上 [5]
スコープ 1および2 [6] 言及なし
目標年 2030 2030
基準年 2013 2013
ネットゼロ達成の目標年 2050 2050
科学的根拠に基づく目標(SBT) / SBTiメンバーシップ [7] なし/なし なし/なし
現在のCO2排出原単位
CO2排出原単位(鉄鋼1t当たりのCO2換算トン) 1.88 [8] ( 2021年)
(日本製鉄グループ)
2.03 [9] ( 2021年)
(JFEスチール)
脱炭素化への技術的経路
既存のEAFから再生可能エネルギーへの転換 2023年度は「CO2排出量削減型」鉄鋼を年間約30万トン(瀬戸内製鉄所内)供給の見込み [10] EAFの拡大(仙台製造所 ) [11]
新型(ハイブリッド)EAF [12] 2020年代中に大型(ハイブリッド)EAF1基の建設を予定 2027~2030年の間に新型(ハイブリッド)EAF1基の建設を予定 [13]
水素直接還元鉄(H2-DRI) JFEとの技術提携を予定(正式発表なし)[14] 日本製鉄との技術提携を予定(正式発表なし)
その他 COURSE50(高炉への水素吹込みとCCUS)パイロットプロジェクト [15] COURSE50
(予定年月日なし)
気候に関する測定基準
MSC「I 黙示的気温上昇」[16] 3.0°C 3.6°C超
気候変動に関するCDP開示スコア [17] A- ( 2021年) A- ( 2021年)
主な出典
日本製鉄 サステナビリティレポート(2022年9月)[18]
Nippon Steel Carbon Neutral Vision( 2022年3月)[19]
JFEグループ CSR報告書2022(2022年10月)[20]
JFE Group Environmental Vision for 2050(2021年5月)[21]

電炉で水素直接還元鉄を活用する方法(H2-DRI-EAF)は中期的な解決策である。大幅な排出量の削減が必要であることを考えると、日本製鉄とJFEホールディングスがH2-DRI-EAF技術の共同事業を行う可能性を非公式に発表したことは日本の鉄鋼セクターから届いた喜ばしいニュースであるが [22]、2030年の排出経路には大きな影響を与えることはないと思われる。事実として、「2050年以前」にH2-DRIを商業化するという目標はインパクトに欠ける。鉄鋼業界最大手であるアルセロール・ミタルは既に欧州のパイロット事業でDRIの生産において水素の一部使用を試行しているし [23]、スウェーデンスティール(SSAB)も同じ方法で100%グリーンスティール100%のパイロット生産を始めた [24]。

以下に両社のロードマップを比較した [25] [26] 。

230117_JP_02_Nippon_Steel_Roadmap

図 2a – 日本製鉄の脱炭素ロードマップ

230117_JP_03_JFE_Roadmap

図 2b – JFEの脱炭素ロードマップ

用語集
DR(I Direct Reduced Iron): 直接還元鉄
EAF(Electric Arc Furnace): 電炉
H2-DRI(Direct Reduced Iron from Hydrogen): 水素直接還元鉄
IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change): 気候変動に関する政府間パネル
PPA(Power Purchase Agreement): 電力販売契約
データおよび免責事項

本分析は、日本製鉄とJFEのサステナビリティレポートのデータを用いて作成されている。本分析は情報提供のみを目的としており、投資アドバイスを提供するものではなく、投資判断に資するものではない。本報告書は、評価対象企業が自己申告した公開情報に対する執筆者の見解と解釈を示したものである。企業の報告については参考文献を掲載しているが、執筆者はこれらの企業が提供する公開された自己申告情報の検証を試みていない。したがって、執筆者は本報告書に掲載されたすべての情報の事実の正確さを保証することはできない。執筆者とTransition Asiaは、第三者が本報告書を参照して使用または公表した情報に関して、一切の責任を負わないことを明示する。

Endnotes
  1. https://transitionasia.org/research/
  2. https://transitionasia.org/wp-content/uploads/2022/09/Nippon-Steel-Emissions-Pathway-Analysis_EN.pdf
  3. Transition Asia の分析による
  4. https://worldsteel.org/wp-content/uploads/2020_2021-top-steel-producers_tonnage.pdf を参照した。両社の発表した数値とは異なっている。
  5. https://www.jfe-holdings.co.jp/en/release/2022/02/220208.html
  6. https://www.nipponsteel.com/en/csr/env/warming/zerocarbon.html
  7. https://sciencebasedtargets.org/companies-taking-action
  8. https://www.nipponsteel.com/csr/report/pdf/report2022.pdf
  9. https://www.jfe-holdings.co.jp/csr/pdf/csr_2022_j.pdf (Japanese)
  10. https://www.nipponsteel.com/en/news/20220914_100.html
  11. https://www.jfe-steel.co.jp/en/company/pdf/carbon-neutral-strategy_220901_1.pdf
  12. 上記のEAF以外を示す。
  13. https://www.asiafinancial.com/japans-jfe-may-build-electric-arc-furnace-to-slash-emissions
  14. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC158N50V10C22A8000000/
  15. https://www.nipponsteel.com/en/news/20220214_100.html
  16. https://www.msci.com/our-solutions/esg-investing/esg-ratings-climate-search-tool
  17. https://www.cdp.net/en/scores
  18. https://www.nipponsteel.com/csr/report/pdf/report2022.pdf
  19. https://www.nipponsteel.com/en/ir/library/pdf/20210330_ZC.pdf
  20. https://www.jfe-holdings.co.jp/csr/pdf/csr_2022_j.pdf
  21. https://www.jfe-holdings.co.jp/en/investor/zaimu/g-data/2020/May2021-210525-release01.pdf
  22. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC158N50V10C22A8000000/
  23. https://corporate.arcelormittal.com/media/news-articles/arcelormittal-successfully-tests-partial-replacement-of-natural-gas-with-green-hydrogen-to-produce-dri
  24. https://www.ssab.com/en-gb/news/2021/08/the-worlds-first-fossilfree-steel-ready-for-delivery
  25. https://www.nipponsteel.com/en/csr/report/pdf/report2022en.pdf
  26. https://www.jfe-steel.co.jp/en/company/pdf/carbon-neutral-strategy_220901_1.pdf
作者

ボニー・ズオ、けんきゅうこうもくしゅかん

久保川 健太、日本アナリスト

ローレン・ヒューレット、プログラムマネージャー兼投資主担当