鉄鋼業界の現状と展望:非技術者のための鉄鋼業界テクノロジー動向解説
要点
- 現在の鉄鋼生産方法の主流は高炉法と電炉法である。鉄鉱石由来の鉄鋼(プライマリー・スチール)を生産する工程で排出される二酸化炭素の大部分は高炉法による生産に起因しているが、どちらの生産方法も生産工程で使用する熱と電力を主に化石燃料から得ている。
- 既存技術によるスクラップ由来の鉄鋼(セカンダリー・スチール)生産から、再生可能エネルギー由来の電力を用いて新規もしくは既存の電炉で生産されるセカンダリー・グリーンスチールに移行するための技術は、すでに存在する。
- 中期的には、プライマリー・グリーンスチールの脱炭素化は、電炉で二酸化炭素排出量の少ない直接還元鉄を活用することで達成される可能性が高い。
- 高炉の使用は、 2050年に向けてできる限り減らしていく必要がある。このため、新規の高炉建設への投資や、高炉寿命を延ばすための改修は、将来の計画を含めて慎重になる必要がある。
はじめに
本書の対象は鉄鋼業、特に東アジアの鉄鋼業の脱炭素化に注目している投資家、メディア、NGOである。現在の鉄鋼生産方法、すなわち「BAU(Business As Usual:特別な対策をとらなかった場合)」モデルを説明したのち、脱炭素化を実現するための短・中期的な技術ロードマップを論じる。
本書では、専門用語を極力使わずに、業界の動向や様々な分析にある各社の戦略と排出削減目標を紹介することを目指した。このため、この複雑なセクターを簡略化し、あえてざっくりとした説明にとどめた部分もある。本書の内容は入門的、初歩的なものであり、さらに詳しい情報が必要な場合は他の文献を参照されたい。
本書に記載されている二酸化炭素排出原単位(鉄鋼生産1トン当たりの二酸化炭素排出量)は、直接排出と間接排出の両方を含んでいる。つまり、鉄鋼製品の生産時に排出される二酸化炭素だけでなく、生産工程で使用される電力や原料の生産工程から排出される二酸化炭素も含んでいる。
BAUシナリオ
図1 – BAUモデルでの鉄鋼生産
プライマリー・スチール
プライマリー・スチールは主に高炉-転炉法によって生産され、二酸化炭素排出量の大半がこの工程で発生する
現在のプライマリー・スチール生産は、まず鉄鉱石と原料炭を高炉で燃焼・製錬することから始まる。必要な原料は他にもあるが、中心となる原料は鉄鉱石と石炭である。この2つを高炉で使用できるようにするための前工程もあるが、端的に言えば、鉄鋼の生産工程全体を通じて、最も多くの石炭が燃焼されるのは高炉での製鉄工程であり、二酸化炭素排出量の約70%がこの工程で生じる。
高炉で作られた銑鉄は転炉に送られ、粗鋼が作られる。転炉ではランスから酸素を吹き込むことで、溶けた銑鉄を鋼に変える。転炉は転換炉(コンバーター)とも呼ばれる。この工程では他の材料も使用されるが、使用量ははるかに少ない。
高炉では銑鉄が、転炉では鋼が作られるが、各種のデータや分析では、この2つの工程を「高炉-転炉(BF-BOF)」とまとめて記載することが多い。高炉で溶かされた銑鉄はそのまま転炉に移されるため、高炉工程と転炉工程をまとめて一貫製鉄所と呼ぶ。ほとんどの場合、この2つの工程は不可分の関係にある。
世界の鉄鋼生産・生産能力の約70%は高炉-転炉法によるものである。高炉-転炉法の二酸化炭素排出原単位は、鉄鋼生産1トン当たり約3トンである。
セカンダリー・スチール
セカンダリー・スチールはスクラップやその他鉄等の原料を電炉で溶かすことで生産さ
セカンダリー・スチールは電炉で作られる。BAFモデルでは、中心となる原料は鉄スクラップ、主な動力源は熱電気である。ほとんどの国では、電炉法による鉄鋼生産の主原料は鉄スクラップだが、直接還元鉄(DRI)を使用することもできる(「脱炭素化の中期シナリオ」を参照)。
電炉では、電極間に高圧の電弧を発生させ、その放電熱によって炉内のスクラップを溶かす。スクラップから排出される二酸化炭素はゼロだが、この工程で使用される電力の発電工程では二酸化炭素が排出され、その量は電源によって異なる。現在は、ほとんどの鉄鋼会社が鉄鋼の生産工程で使用する電力を自家発電でまかなっているが、発電には石炭やガスなどの火力が用いられるため、電力に係る二酸化炭素排出量は多い。例えば、日本製鉄は使用する電力の95%を自家発電でまかなっているが、そのほとんどが化石燃料に由来している。
現在、電炉法は世界の鉄鋼生産の約25%を占め、その割合は増え続けている。電炉法の二酸化炭素排出原単位は、鉄鋼生産1トン当たり約0.3トンである。
プライマリーとセカンダリーの品質比較
現状では品質に差があるが、今後の変化が見込まれる
高炉-転炉ルートで生産される鉄鋼製品は、最も不純物が少なく、最も品質が安定している。そのため、自動車など高い完成度が求められるセクターで使用されている。
実際には、生産工程によってさまざまな原料を使用できる。例えば、転炉で鉄スクラップを使用することもできれば、電炉で銑鉄や直接還元鉄を使用することもできる。中国の電炉では、鉄鋼生産の約50%が銑鉄を使用している。銑鉄は石炭を高炉で燃焼させて製造するため、厳密には低炭素の原料ではない。
業界動向としては、短期的には電炉を使った排出量の少ないスチールの生産が目標となるが、中期的には電炉を使って質の高いグリーンスチールを作ることが目標となる。
脱炭素化の短期シナリオ
図2 – 脱炭素化の短期シナリオ
脱炭素化の短期戦略は、高炉-転炉法から電炉法に転換すること、電炉で使用する電力を再生可能エネルギー由来の電力に変えることである
グリーンスチールの定義はまだ確立されていないが、国際エネルギー機関(IEA)が発表したネットゼロに向けたロードマップをはじめ、さまざまなエネルギー移行モデルが粗鋼生産1トン当たりの二酸化炭素排出原単位を低減する方法に関する指針を示している。
鉄鋼生産の脱炭素化に向けた短期戦略は、生産方法を高炉-転炉法から電炉法に転換すると共に、電炉で使用する電力を火力発電から再生可能エネルギー由来の電力に変えることで、二酸化炭素排出原単位を低減することである。つまり、電炉の二酸化炭素排出原単位の低減と、電炉の世界シェア拡大は同時に進む。現在の脱炭素化戦略において、世界的に注目されているのは二次グリーンスチールである(図2) 。
技術的にはすでに、電炉を再生可能エネルギー由来の電力で動かすことは可能だ。問題は、電炉がある場所で再生可能エネルギー由来の電力を確保できるかどうかである。鉄鋼会社はこれまで火力による自家発電で電力を調達してきたが、今後はグリーン電力網と接続するか、再生可能エネルギー由来の電力の購入契約を結ぶか、再生可能エネルギーを利用した自家消費型またはアイランド型のエネルギーシステムを構築し、電炉の稼働に必要な電力を確保する必要がある。
このシナリオの成否は、二酸化炭素排出原単位をゼロに近づけるために、安価な再生可能エネルギー由来の電力を潤沢に確保できるかどうかにかかっている
再生可能エネルギー由来の電力への完全な移行からグリッド単位でのカーボンフットプリント(ほとんどの電力網は複数のエネルギー形態を利用している)低減まで、二酸化炭素排出原単位を低減する方法はいくつもある。どの方法を使用するかによって低減幅も違う。そのため、IEAは2030年のベンチマークとして、鉄鋼生産1トン当たりの二酸化炭素排出量を0.1トンと定めた。しかし再生可能エネルギー由来の電力を利用すれば、現在でも鉄鋼生産1トン当たりの二酸化炭素排出量をゼロにすることができる。また、電炉ではバッチ(一度に生産される一定の量の単位)によって二酸化炭素排出原単位の異なる鉄鋼が生産される可能性が高い。実際の数値は、再生可能エネルギー由来の電力の可用性とコスト、グリーンスチールの需要と価格に左右される。
プライマリー・グリーンスチールはまだ試験段階にあり、短期的にはプライマリー・スチールの生産を脱炭素化できるスケーラブルな商用ソリューションは実現できない。
これは中期的な目標である。
脱炭素化の中期シナリオ
図3 – 脱炭素化の中期シナリオ
グリーン水素を用いて直接還元鉄を製造する試験プロジェクトを優先的に推進する
中期的には、プライマリー・グリーンスチールの生産に関する研究開発や、関連する多くの試験プロジェクトを通じて、直接還元鉄(DRI)を用いて生産の脱炭素化を実現する方法を検討する。
現在、直接還元鉄は鉄鉱石と合成ガス(通常は天然ガスや石炭を燃焼させることで発生する一酸化炭素)をシャフト炉で処理することで製造されている。このガスによって鉄鉱石の中の酸素が除去され、海綿鉄が作られる。高炉-転炉ルートにおける高炉と異なり、シャフト炉自体では石炭は燃焼されない。直接還元鉄は現在も作られており、電炉ルートの下流工程で商用利用されているが、合成ガスの製造には化石燃料が必要である。
高品質な鉄(水素直接還元鉄/H2-DRI)を用いれば、電炉でも高品質の粗鋼を生産できる
二酸化炭素の排出削減を誓う企業が増える一方で、鉄鋼各社は化石燃料由来のガスをグリーン水素で置き換えるためのスケーラブルで経済的な技術を急ピッチで探っている。グリーン水素とは、再生可能エネルギー由来の電力を利用して、水を電気分解して作られる水素である。重要なことは、再生可能エネルギー由来の電力の価格が劇的に下がっているということだ。2030年にはグリーン水素が化石燃料由来の水素に匹敵する競争力を持ち、商業的に実現可能なソリューションになるとアナリストは予測している。
再生可能エネルギー由来の電力を使ってグリーン水素を作り、グリーン水素を用いてシャフト炉で直接還元鉄を作ること(水素直接還元鉄)が、プライマリー・グリーンスチールの主要な生産方法となる。
これは電炉で粗鋼を生産するための原料として、水素直接還元鉄が活用されるようになることを意味する。電炉では、使用するスクラップと水素直接還元鉄の割合によって電力の要件が変わるが、IEAの予測では、二酸化炭素排出原単位はゼロに近づけることができる。
特筆すべき点として、水素直接還元鉄と電炉は切り離すことができるため、一貫生産の必要はない(「まとめと日本への影響」を参照)。
プライマリー・グリーンスチールとセカンダリー・グリーンスチールの品質比較
ハイブリッド電炉において、再生可能エネルギー由来の電力のみを使って水素直接還元鉄とスクラップを処理できるようになる
電炉で水素直接還元鉄を活用できるようになれば、粗鋼の品質は向上するが、鉄鋼生産に必要なエネルギーは増える可能性がある。
処理能力の高い新世代のハイブリッド電炉が登場すれば、生産工程で使用される直接還元鉄の割合を増やせるだけでなく、要求品質の高い最終製品の製造工程にも電炉を組み込めるようになる。
まとめと日本への影響
図4 – 技術ロードマップ
世界の鉄鋼業は変わりつつある
短期的なソリューションを推進するのは、再生可能エネルギー由来の電力で稼働する電炉への投資と生産を拡大することである。日本には、電炉での鉄鋼生産に必要な鉄スクラップは豊富にあるが、もう一つの重要な原料である再生可能エネルギー由来の電力は、政府や電力会社による迅速かつ大規模な供給を待たなければならない。
これは効率化が頭打ちになっている石炭集約型の高炉-転炉ルートから脱却する最も簡単で迅速な方法であり、高炉-転炉法から電炉法に生産方法を転換する必要があることを意味する。そう考えると、国内外を問わず、高炉-転炉を新たに建設するプロジェクトへの投資は、日本の鉄鋼会社が気候変動に意欲的に取り組んでいないことの明確な証左となる。新工場の寿命がネットゼロ目標の達成期日を超える可能性があるといえばなおさらである。
さらに言えば、IEAのロードマップをはじめとする脱炭素化に関する主な分析は、「2030年までに鉄鋼産業が達成しなければならない二酸化炭素排出削減目標の約85%は、既存の利用可能な技術によって実現できる」としている。つまり、短期的なソリューションは変化を起こすことであって、新しい技術に投資することではない。電炉で水素直接還元鉄を活用することは短期的なソリューションの中心ではない。
しかし中期的には、その逆となる。IEAや多くの学者、アナリストが指摘しているように、排出削減の大部分は「水素ベースの直接還元鉄など、現在はまだ開発過程にある技術を利用して実現される」。電炉における水素直接還元鉄の利用といったソリューションを実現するためには、鉄鋼生産に新たな技術を導入する必要がある。そうすることで電炉が低炭素鋼(特にプライマリー・グリーンスチール)の主要な供給源となり、脱炭素化の可能性が大いに高まる。特に日本は、電炉での生産量や水素直接還元鉄の試験運用において外国に遅れをとっているため、迅速な行動が求められる。
この方法は、製鉄工程で使用される石炭を置き換えるものであり、国際化を進め、新たな業界地図を予見する日本企業に適している。新しい業界地図において主要なプレーヤーとなるのは中国とインドであり、両国では日本製鉄やJFEといった日本の鉄鋼会社との合弁事業も立ち上がることになるだろう。
さらに、高炉-転炉法による一貫製鉄体制が構築されている場合は、直接還元鉄を高温で圧縮してホットブリケットアイアン(HBI:Hot Briquetted Iron)に変えることにより、鉄鉱石と同程度のコストで貯蔵・輸送できるようになる。これは日本の鉄鋼会社が電炉での製鉄工程からHBI生産を切り離し、日本のグリーンスチール市場のために電炉での製鉄を発展させるという興味深い戦略的可能性を提起している(つまり安価で豊富な再生可能エネルギー由来の電力が得られる他国で直接還元鉄を生産し、HBIに変えて日本へ輸入し、日本で電炉によって最終製品化する)。国際化は脱炭素化の流れと整合している。
また、分析の結果、日本がグリーン水素(または化石燃料から作られるグレー水素など)を持続可能な形で輸入したり、商用目的で二酸化炭素を輸出したり(CCUSは基本的に脱炭素化の方法としては有効性が証明されていない)しながら、商業ベースで持続可能な鉄鋼を生産する可能性は否定された。
分析結果は、(石炭の使用量を減らすために)高炉で石炭と水素を混焼することは、短期的にも中期的にも脱炭素化の有効な選択肢とはならないことも示している。この方法では、前述した方法ほど鉄鋼生産の二酸化炭素排出原単位を低減することはできない。日本では安価な水素の確保も難しい。こうした理由から、今回の分析では高炉-転炉法による鉄鋼生産にCCUSを活用する可能性は検討しなかった。
2つの懸念:CAPEXと再生可能エネルギー由来の電力
ハイブリッド電炉で水素直接還元鉄を活用するためには、工場に対する設備投資に加えて、再生可能エネルギー由来の電力を水素の電解や電源に利用するための設備投資も必要となる
いずれにしても、新しい技術や生産能力を確保するための設備投資と、電炉での鉄鋼生産や水素の電解に必要な再生可能エネルギー由来の電力を複数のルートから確保すること、この2点が大きな懸念材料となる。日本の場合は既存送電網を経由して供給される電力が脱炭素化されるまで、または脱炭素化されない限り、電炉で使用する再生可能エネルギー由来の電力を自家発電や電力購入契約(PPA)の形で確保する必要がある。
そのため、日本の鉄鋼会社は国から補助金を引き出すためのロビー活動と並行して、自社のニーズと規模に即した電力を確保するために、再生可能エネルギー由来の電力を活用し、かつ目的にかなった電力セクターを国内に確立するためのロビー活動を展開し、新しい業界地図を制することが必要となる。一方、投資家は短・中期的な脱炭素戦略や排出削減目標を鉄鋼会社に求めていく必要がある。
用語集
DRI(Direct Reduced Iron): | 直接還元鉄 |
EAF(Electric Arc Furnace): | 電炉 |
H2-DRI(Direct Reduced Iron from Hydrogen): | 水素直接還元鉄 |
PPA(Power Purchase Agreement): | 電力販売契約 |
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作者
ボニー・ズオ、けんきゅうこうもくしゅかん
久保川 健太、日本アナリスト
ローレン・ヒューレット、プログラムマネージャー兼投資主担当