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ブログ: 政策とプライベートファイナンス 日本の金融機関が向こう12か月フォローすべき5つのポイント

1. 歴史は繰り返す。G7の議論は製鉄における未対策の石炭利用に向かう

石炭ベースの発電と気候変動に関するファイナンスにおいては、2021年が転換点となった。韓国に加えて、G7の間では「政府開発援助、輸出金融、投資、金融・貿易促進支援等を通じた、排出削減対策が講じられていない石炭火力発電への政府による新規の国際的な直接支援の2021年末までの終了に今コミットする」とする合意をみた。特に東南アジア等で石炭発電プロジェクトに資金供給してきた日本の3メガバンクにとって大きなインパクトとなった。

 

中国も続いた。2021年9月の国連総会では、国外における石炭発電所の建設を中止し、グリーンエネルギーへのサポートを行うとアナウンスしている。またその3日後には、中国銀行(Bank of China)が国外の石炭発電プロジェクトと石炭採掘プロジェクトへの資金供給を停止するとのプレッジを発表した。

 

同様に、製鉄の脱炭素も、独・日・伊で行われた過去3回のG7会合でアジェンダとして表面化してきた。今までのところ、その議論は基準・標準化や定義、需要サイドに関するものに限られているが、ロビイストたちの間では、次回カナダのG7会合では製鉄・製鋼プロセスにおける石炭使用とそれに対する資金供給の段階的フェーズアウトが求められるだろう、という見方が大勢を占めている。

 

図 1: G7 の製鉄能力 (千トン/年)

Country

Total capacity

Announced

Construction

Operating

Phasing out

Canada

13,264

2,500

4,050

4,998

France

17,400

6,500

5,600

5,300

Germany

42,327

9,350

3,200

29,047

Italy

11,500

2,000

2,000

Japan

92,824

50

72,658

8,580

United Kingdom

10,170

7,770

United States

47,212

6,000

30,396

2,090

出典: Global Steel Plant Tracker, April 2024

 

種々の報道や我々が得たインテリジェンスによると、日本はG7産業脱炭素化アジェンダ(IDA)の立ち上げとその合意に基づく気候クラブの設立に対して、あまり積極的ではなかった。ただ、我々は製鉄・製鋼分野において日本がその特有なチャンスを有しているとも考えている。これは国内生産の減少に加えて、増産やそのための設備導入の発表がないこと、また資金供給の意味で海外勢と激しい競争をしなくてよいことや座礁資産を保有していないことなどからも分かる。日本は製鉄・製鋼分野のクライメート・ディプロマシー(気候変動外交)に対しては前向きになれる可能性がある。

2024‐2025年 可能性: インパクト:

 

2.日本の銀行が抱えるエクスポージャー:次のESGポリシーは製鉄用石炭か?

石炭火力発電ファイナンスの終焉で大きな損失を被った日本の3メガバンクは、製鉄サプライチェーンにもエクスポージャーを抱えている。つまり、製鉄用石炭(原料炭)へのファイナンスである。Banking on Climate Chaosというレポートによると、原料炭の採掘に対するファイナンスではUFJがトップ10、SMBCとみずほがトップ20に入っている。2023年の投資総額は2億5,800万米ドル、2016年から2023年までの累計では30億米ドルを超えている。もう少し広い視野で見てみると、中国を除いた世界の原料炭投資では、日本の銀行がトップ5のうち4行を占める。レポートでは、日本の銀行が行ったファイナンスは「2016年1月から2023年6月の期間、原料炭を開発・供給する企業(中国を除く)に対するファイナンスの29%以上を占めた」と述べられている。

今後はESGへの懸念から原料炭を排除する動きが急増し始め、鉄鋼企業や金融機関に影響が及ぶと思われる。このような動きは既に現実化しており、例えば La Banque Postale、Société Générale、BNP Paribas、CaixaBank、Cathay United Bank、Lloyds Banking Group、Macquarie、HSBC、Westpac 等は、原料炭を扱わないポリシーを設定している。これから鉄鋼企業はその矢面に立たされることになる可能性が高い。

ところで日本製鉄はこのところ、原料炭の高騰とエネルギー安全保障の観点から、新規の原料炭投資を検討してきている。既に豪州とカナダで権益を保有しているが、上述したような原料炭を排除するポリシーがいつ日本製鉄の権益拡大計画に及んでもおかしくはない。

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3.グリーンスチールとはなにか?ファイナンスと物品取引のための定義と基準が俎上に

2024年11月にアゼルバイジャンで開催されるCOP29の終了までには、グリーン鉄鋼に関する基準について合意がなされると予想されている。COP28では、WTOが主導して幅広い原則の合意がなされた。WTOはこうした原則について「ニアゼロエミッションへの移行を加速させるため、鉄鋼セクターにおける温室効果ガス排出量の測定に関する共通の方法論を確立するよう求めるものである」とする声明を発出した。  

キーとなるベンチマーク、例えば2024年5月には The ResponsibleSteel International Production Standard V2.1 が、2023年8月には The Global Steel Climate Council’s standard が公表されている。今後はIEAや、国連工業開発機関(UNIDO)が主導する産業高度脱炭素化イニシアティブ(Industrial Deep Decarbonisation Initiative:IDDI)が基準作りをリードして行くと思われる。特に後者のIDDIは「グリーンな鉄鋼とセメントの公共調達にかかるグローバルで認められたターゲット」を策定し、全ての組織の間で様々なやり取りを行い整合性が図られる。ResponsibleSteelをはじめとする組織は、このような取り組みによってグリーンスチール関連プロジェクトや物品取引におけるファイナンスに対して信頼性と刺激をもたらすとしている。

日本を例にとると、政府が提示した改正税制大綱に含まれる税控除(事実上の補助金)が国会で承認された。この税控除は低炭素鋼1トン当たり2万円が最大となっている。対象となる製品の整理は今後数か月以内に明らかになるが、鉄鋼企業が制度をフルに利活用できるように、分かりやすく明確なものとなるよう期待している。年末までには「グリーンスチールとはなにか」という問いに対して何らかの答えが出てくるものと思われる。

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4. 5億米ドルで何をするか?急成長するグリーンスチール補助金

我々は日本の鉄鋼企業が政府に補助金を求める動きを支持している。日本製鉄の鈴木英夫常務執行役員(当時)は「日本最大のメーカーとして、日本政府に向こう30年で最低2兆円の補助金を求める。これは中国をはじめとするグローバルの競合他社と競争するため、ネットゼロ目標を達成するのに必要である。日本製鉄は『イコールフッティング』のうえで競争する資金を必要としている」と述べている。

直近18か月をみてみると、世界の潮流は明らかである。米国ではクリーブランド・クリフスが2024年3月にエネルギー省から5億米ドルを受領することになった。これは既存の高炉(BF)を、年産250万トンの能力を有するH2DRI(水素直接還元製鉄)プラントとと120MW級の電気溶解炉(EMF)2基で置き換えるプロジェクトに割り当てられる。補助金の額はプロジェクトのトータルコストの38%となる。英国ではタタスチールが2023年9月に6億4,000万米ドルの補助を受け取ることが決まった。この補助金はポートタルボットのBF2基を電炉(EAF)1基に置き換えるプロジェクトに使われ、トータルコストの40%にあたる。またスペインでは2023年2月、EUからアルセロールミタルに、同国ヒホンにおいて再生可能エネルギーベースのH2DRIプラントを新設するプロジェクトに5億米ドルが補助される決定が行われた。新設されるプラントは同様に新設されるEAFとともに、既存BFの生産能力を代替する。補助金の額はトータルコストの46%に相当する。ここで重要なのは、こうしたプロジェクトが全て明確なタイムテーブルや生産目標、実証済みで信頼できる技術に基づいていることである。

日本でも政府が4,499億円という大きな額の補助金を鉄鋼セクターに提供している。このグリーンスチール向けファンドが割り当てられる技術は大きく2つに分けられる;1つはBFに水素を吹き込むいわゆるCOURSE50と呼ばれる技術、そして直接還元鉄(DRI)とEAFを利用する技術である。ただ、上述した各国の例とは対照的に日本の補助金は大部分が不備を抱えている。というのも前者、COURSE50 は本質的に、真の意味での低炭素鋼の生産というよりは水素と炭素回収・貯留(CCS)を用いた既存BFのアップグレードである。

それでも8億5,400万米ドルに相当する大きな額が、炭素強度(Carbon intensity)をBFに比べて90%以上削減可能なH2DRIとEAF技術に振り向けられている。日本政府によるこうした資金供給、つまり脱炭素ポテンシャルが高い技術への割り当ては、非常に重要である。実際、補助金に関する議論や公的資金の供給がどちらも盛り上がりを見せているが、上述した各国の例のように、補助金や税控除は低炭素鋼に関する基準や生産オペレーションにかかるスケジュール、また生産目標と結びついた厳格な基準のもと提供されるべきものといえる。

海外市場と同様に、補助金を「ブラウン」から「グリーン」に付け替えるという議論もある。例えば50億米ドルという巨額の投資が印ハジラに所在する日本製鉄とアルセロールミタルの合弁拠点に対して行われた。これはJBIC(国際協力銀行)と日本のメガバンクによる、BFの新規導入にかかるグリーンフィールド投資であるが、グリーンスチールに関するここのところの潮流に鑑みれば、この種のものとしては最後の投資案件となるべきものである。

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5.投資家は関与し続けている…鉄鋼企業はコミットメントと熱意を持って対応を

日本の鉄鋼業については、投資家の注目がますます集まりつつある。特に、そのポートフォリオの脱炭素化を急速に進める大きな機関投資家の間ではその動きが顕著である。世界的に大きな鉄鋼企業は中国企業であるが、ここでは株主が企業に対して関与するためのチャンスや気候変動に関する情報公開はほとんどない。代わりに、日本は情報公開やステュワードシップの意味ではこの地域で一番の国で、実際に株主による気候変動に関するエンゲージメントは急拡大している。2020年以降、みずほが上場企業として初めて気候変動に関する株主提案を受けて以来、その勢いは増してきている。J‐POWERに2022年から毎年株主提案がなされているのもその好例である。

JFEや日本製鉄については、2022年と2023年の株主総会シーズンにその脱炭素化戦略が精査されたことで、両社は戦略の見直しを迫られた。JFEはステークホルダーとともに定期的に気候変動に関するアクションをレビューすることを約束した。また日本製鉄もどのようにしてBFからEAFへの切り替えを行うのか、計画を明らかにするとコミットしている。こうした「友好的な」エンゲージメントアプローチは段階的に強化され、日本国内だけでなくグローバルを含む幅広いプレイヤーのコミットメントを示しつつ、2024年6月の株主総会シーズンに1つのクライマックスを迎えた。日本製鉄に対する3つの株主提案はいずれも20%以上の支持を得た。これは少なくともアジアの鉄鋼企業としては初めての気候変動に関する株主提案であった。また、大手議決権行使助言会社のISSは3つの株主提案全てについて株主に賛成票を投じるよう促し(一般的アドバイスとしては3項目のうち2項目)、投資家心理に影響を与えたといわれている。投資家による鉄鋼企業に対するエンゲージメントは順調に進んでいる。日本における株主のアクションという意味では、来る2025年が転換点となるのだろうか。

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